エクスプロイター

「・・・ここは、海水から塩分を浄化して真水を取り出すプラントです。分解された塩分は・・・」


「おいおいおい!ちょっと待ってくれ」


「どうかしましたか?」


この来訪者の少年が、予想通りの短気さで予想通りのタイミングで文句を言ったのでマシウは内心大変満足していた。


そして、あわよくば、このスリリングな一連のやり取りを永遠に繰り返していたかった。


マシウは横顔に青白い照明の光を反射させてメイプルを見た。

分厚い衣服で隠された若者の肩には、確かな焦燥が現れていた。


「マシウさんよ。暴れるカウチを大人しくさせる音波だとか肉を固くさせない急所だとか食えない部分もきちんと有効利用するだとか水をどうたらなんて俺は聞いてないんだよ」


メイプルの声は、周囲の騒音にかき消されないように自然と大きくなっていた。


ここは、この場所は食料プラントの中でもとりわけうるさく、慣れていないものを苛つかせる濃い死骸の匂いがするのだ。


「そうでしたか。では何を?」


「こいつだよ・・・」


メイプルは流れるような素早い動きでジャケットからピストルを抜くと即座に発砲して放たれた弾丸は、マシウの足元の鋼鉄で出来た空中廊下に熔けた穴を作り出した。


メイプルは細い糸のような白煙が上がる銃口をマシウの方へ向けなおして続けた。


「こいつは本来、教会公認の事業者たちに配られる護身用の『エクスプロイター』だ。だが、これはただのエクスプロイターじゃねぇ。人を殺せるほどの過剰な強化改造が施されてる。難儀したぜ、エクスプロイターに残ったログを解析して、武装したマーチャントたちを拷問してここまでたどり着くのはよ」


マシウは立ち上る鋼鉄の焼けた匂いを一嗅ぎして、メイプルに対して両手の平を良く見えるように広げて聞いた。


「メイプルさん。あなたは一体どこまで知っていて。どれ程の覚悟を持ってここに来たのでしょう?」


少年はピストルを構えなおし再びマシウに向けた。


「俺はな、マシウさん。とことんやるつもりだよ」


エクスプロイターのトリガーは、変形してしまったスレイブや、失った四肢の代わりに取り付けられた機械の部品でも操作がしやすいように大型化されている。


メイプルのグローブの人差し指がそれに掛けられた。


「いいでしょうメイプルさん」


マシウは、ピンと背中の筋を伸ばすとメイプルに背を向けて颯爽と歩を進めた。


「おい!」


「お見せしましょう、ついてきてください」


やがて辿り着いた区画は、あの入り口からは一番離れた場所にあるが彼の執務室の直下に位置する場所だった。


「なんだこりゃ。マシウさんあなた一体・・・」


メイプルは戦慄した。


その区画は、全体が巨大な肉練り機となっていて、その上を縫うように走るレールには管に繋がれた沢山のカウチがぶら下がっていたのだった。


『ぶ・・・ぉ。』『ぶぅふ・・・。』『ぶお・・・・。』

『ぶお・・・っ。』『・・・・。』


「生きてんのか?」


「精製能力が低下した個体の内、半分はこちらで加工し、もう半分は先ほどの区画に運ばれます」


「精製能力?俺が聞いてんのはエクスプロイターの事だ!」


メイプルは銃口を再びマシウの今度は、顔に向けて、宙吊りのカウチを横目で一度見た。


「お気づきになりませんか?ほら、あそこです」


マシウは柵から半身を乗り出して、繋がれた管の根本のほうを指さした。


「どこだ・・・・」


メイプルは2歩ほどマシウから距離を開けて、エクスプロイターを構えたまま、青白い光を放つ奇妙な機械のほうを見た。


「あそこです、足元に気を付けて」


ガタッ・・・!!


「うああっ!!」




・・・。




「それだけか」


この日もマシウの心が満たされたのは一瞬で、それはまるで射精のように鋭く頭上を突き抜けて、その後は、重く暗い絶望を残すのみであった。

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