来訪者メイプルの場合
「マシウさん。俺がどうしてここに来たのか分かってんだろ?」
この日の来客は、席に着くなり急き立てるようにマシウに言った。
彼はこういった旺盛な好奇心を持った余所者を相手にする事が初めてでは無かったので、いつものように、そして、今まで何度もそうしてきたように、ジョッキの酒を一口飲んでから、一息つくと落ち着いて答えた。
「さぁ、わかりかねますね。失礼だがお名前は?」
その間、バーテンダーが機械の足を引きずってメイプルの前にジョッキを乱暴において鼻を鳴らした。
客である二人は、その様子を冷酷に無視した。
「俺の事なんてどうだっていいね。ただ色々調べてるうちにこいつが見つかった」
メイプルは、ぶかぶかのジャケットの中から、モノクロームのカードを取り出してマシウの方へ滑らせた。
カードには、口紅で書かれたサインと鮮烈な赤色のキスマークが押されていた。
「『怪盗フォックステール』の予告状だよ。マシウさん、あなたに宛てられたもんだ」
「なんです?」
マシウはこの若者が自分よりも賢く、行動力もあって、何より我慢弱い事を即座に見抜いていた。
彼は、ジョッキを再び傾けて、次の言葉を待った。
彼の胸の内は高鳴っていた。
「マシウさん、知ってるか?このフォックステールってやつは、神出鬼没で大胆不敵、狙った獲物は何であろうと盗み出す。おまけに自分が盗むと決めた物の持ち主には必ずこの予告状を出すんだよ。『持ち主にしかわからないような場所』にな。わかるかい?」
マシウは、黙ったままもうひと口酒を飲んだ。
「こいつがどこにあったのか、大体の見当はつくだろ?」
「それが、偽物で無いという証拠はありますか?あなたが捏造したのではないと言う証拠だ。それに見てください、盗まれて困るようなものなど、一体この街のどこにあるのでしょうか?」
「出来すぎてんだよ。操られてるのは、俺かあなたか?それとも両方か。とにかく、妙な疑いをかけられたくなかったら、中を見せてくれよ。こいつを片付けてからでいいからよ」
メイプルはおごらせた酒をマシウの方に押し出して、そのゴーグルの底では酒を煽る彼の毛穴一つ一つにまで探偵の目を光らせているかのようだった。
そして、メイプルはジャケットの裾をマシウにしかわからない程度に開いて内側を見せた。
ジャケットの中では、古ぼけたピストルの銃口が自分に向けられていて、その気になればいつでもその穴からお前の命を吸い込むことが出来るのだ。と、虎視眈々とその時を狙っているかのようだった。
マシウは心の中でニヤリとほくそえんで、2杯目のジョッキに口を付けた。
彼にとってそのピストルは、見覚えがあるようで、また、そう感じるのは気のせいかもしれないとも思っていた。
何せ、今日は、いつもの倍、この不味い酒を飲んでいるのだ。
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