マシウというプレイヤー

メィト・メィガ・アウトジョズ駅はその名を駅としてはいるものの、実際の所、街であり、港であり、過去にはもっと違うものだった頃もあった。


この街の統括保障管理責任者とうかつほしょうかんりせきにんしゃである中年のプレイヤー『マシウ』は、現実世界ではうだつの上がらない窓際族のサラリーマンで、彼が押し込められている職場のテーブルの上には、ノート一冊とペンと電話が一つあるだけで、年下の同僚らはこの彼専用の部署を『イマイの部屋』と侮蔑を込めて呼んでいる。


そんな彼であったが、こと、スカイワールドエクスプローラーの世界においては、大陸と大陸をまたにかけ、数々の死線を自らの知力と肉体と精神力と、そして何よりも多くの仲間と共に潜り抜けて来た大変な益荒男ますらおであった。


かつての彼は、すべて新芽で作られた紅茶を飲んで、人が決して作り出す事の出来ないエイジングを重ねたロゼを朝から飲み、毎晩違う女と臥所ふしどを共にした。


彼を取り巻く人間たちすべてがそれを望んでいて、幸福だった。


事態が一転したのは、この地である物質が発見されてからだった。


彼はこちらの世界でいつもそうするように、新たに発見したその物質を当時最も隆盛を誇っていた新興ギルド『教会』へ自慢しに行った。

その時、教会は今まで彼がそうしてきたどの集団とも異なる真摯な態度で、悪い噂も良い噂もたえないマシウを本物の来賓のように手厚くもてなしたのだった。


住む世界が変わったとしても体に染みついた記憶は中々ぬぐえないもので、結局のところ彼は真面目で、才気あふれる者の慇懃いんぎんな態度に弱く、そして、何よりも権力に弱かった。


彼は、あえて無頼を演じる事で自分から権力を遠ざけていただけに過ぎず、その意識の根っこでは、権力と言う名の強大な重力から逃れることが出来ずに、また、権力者に認められ、尊敬される事が、身が震える程の快感だった。


誘いもしていないのにいつの間にか周りを囲んでいた仲間たちの多くは次第に彼のもとを去った。


かつての彼を知るものは、もう、誰もいないのかもしれない。


すると、彼は、事あるごとに現実世界の事を思い出し、段々とそのうさを晴らすように振舞い始めるようになった。


プロフィットボーイズ来航を3日後に控えているという事もあり、毎日毎日監視している彼だけがわかる程度に、ジョズの街は浮かれ始めていた。

今日も彼は2体のメイド型自動端末を連れて過剰に利益を得た労働者らから税金の徴収に回るのだった。


この時、彼には、一つ楽しみがあった。


それは、税金の徴収金額を1.5だ。


ここに住む者たちはこの税金がどのような方法で算出されているかなど知る由もない。


しかしながら、思っていた以上に高い金額を請求される事で現れる反応は千差万別で、顔を赤くしたり青くしたり、呼吸が乱れて、今にも吐きそうになる労働者たちの反応は、このマシウにとっては滑稽極まりない物だった。


先程徴収した奴は、平気そうな顔をしていたが、人またたびをつまむ指が小刻みに震えていて、それに気が付いたマシウは、笑いをこらえるのが大変苦痛だった。


「マシウ様、次は、B23地区の商店です。」


彼に付き従える自動端末は見る者の最低限の欲望をあおる様にデザインされている。


それが、強すぎても、叉、弱すぎてもダメなのだ。


食も睡眠も突き詰めてしまえば必要のない世界においては、そう言った心の動きが消費を生み出すのだ。


「ああそうだ。お前たち、もう帰って休んでいいぞ?」


マシウは付き従える2体の自動端末に表面的な命令をした。


「いいえ」


「これが私たちの使命ですから」


「そうか」


マシウはこの日も彼等が従順で無い事に内心腹を立てていた。

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