無口な男
「とにかく、行きましょ?セイムさん」
「はい。ジゼルさん」
セイムは、ジゼルが考えるよりも優先的に行動するタイプの人間であることを知っていたし、動いている彼女が大変頼りになる事もまた知っていて、早く、力強く戦っている時にはいつでも尊敬の念を抱かずには居られなかった。
二人は半壊した数々の屋台やすっかり壁と一体化した汚い酒屋の中から、一番体が大きく顔が優しそうな人物を物色した。
二人はまだ若く、言い方を変えてしまえば子供だったので、こういった人間性の危険度を見抜く能力を未だに失ってはいなかった。
逆を言えば、この時彼等は、そんな単純な勘を当てにする以外に方法が無かった。
彼等は散らかったメインストリートを進む時も、他人に対して1メートル以内に近づくことを徹底的に避け、常にお互いの居場所を見失わないようにした。
夜が深まるにつれて、存在感を増す建物たちは街全体を覆いつくしていかのようで、二人の願望に基づく者がようやく見つかったのは、そんな頃だった。
「こんばんは」
道の隅で飛び出た建物と、凹んだ建物の隙間にある屋台の男にジゼルは声をかけた。
続けてセイムが言った。
「あの・・・商業船での買い付けに来たんですが、どこの港に停泊する予定なんでしょうか?」
男は、バケツを逆さにしたような台形の頑健そうな顔を少しも動かす事無く、じっと二人を見おろした。
そして、くすんだ銀色のプレートで隠されている場所から三角錐の調味料入れを取り出して二人によく見えるところで乱暴に叩きつけた。
二人は思わず体をこわばらせて、僅かに身を寄せた。
「あの・・・」
「お前らには、俺が迷子センターの係員に見えるのか?」
男は殺人マシーンのような危険で野太い声でそう言った。
「え、ええ、・・・では、そちらの」
ジゼルは、屋台の脇に立てられたメニューを指さした。
「『カウチーズサンド』と『ジョズのホットカウチ』をひとつずつお願いしようかしら?ねぇ?セイムさん?」
「は、はい。お願いします」
「支払いが先だ」
「はい」
・・・ぽぽろん♪
バケツ顔の男は、もう一度二人をにらみつけると手際よく調理を開始した。
男の屋台はボロボロで、錆に覆われていたが、材料を取り出した際に覗いた内側は鈍く銀色だった。
二人の若者は、湯気の立つ材料たちが音もなく組み合わされて、おいしそうな料理が完成するのを固唾をのんで見守った。
男は仕上げに、先ほど叩きつけた調味料入れから酸味の効いた香りを放つ濃くて粘性の強い赤い液体をビームのように発射して白くて柔らかそうなパンで蓋をした。
これまでの、手際の良さと、作業の丁寧さを見ていると、二人はこの街の住人の中でこの男に声をかけたことは間違いではなかったと確信して、出来上がった物が手渡されるのが楽しみになっていた。
手に触れる部分だけ紙で包まれた商品が、
「どうもありがとう」
「ありがとうございます」
「・・・『プロフィットボーイズ』は3日後だ。その時になれば嫌でもわかるだろう」
男は、街の騒音に殆どかき消された声でそう言って、そっぽを向いた。
「え・・・?」
「あの・・・。もう一度・・・」
「・・・」
「・・・・・・・・すみません」
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