月と共に湧いて出る人々

地上3階建て地下2階建ての建物は、床や天井などの多くの部分が透明な樹脂製の材質で作られていて、それ以外の部分は鏡で出来ていた。


動力不明の照明装置は、完全に機能を停止しているかに思えたが、セイムのライドザライトニングを試してみると、たちまち天井と床と壁がそれぞれ青白く発光した。


ぼんやりとした光の中から現れる一杯に飾り付けられた服装の数々を目の当たりにして、ジゼルが短く歓喜の悲鳴を上げたので、この時セイムは大変得意になった。


「・・・目移りしてしまいますわね」


外からの刺激の殆どを遮断していた特殊なガラスのおかげか、綺麗に陳列された服たちには少しの痛みも見当たらなかった。


ジゼルがさっそく幸福そうに1着目のハンガーを手にとったのでセイムは、彼女はずっと前からこうしたかったのだとすぐに気がついた。


「ジゼルさん。目立たない服は僕が探しておきますから。いくつか試してみたらどうですか?」


セイムの提案にジゼルは少し悩むそぶりを見せて。


「せっかくなので、お言葉に甘えようかしら」


と、言った。


それからしばらくして、セイムは地下2階のロッカーの中から2着目の厚手の外套をジゼルの元へと持っていった。


1着目の物は、デコルテから胸下にかけての縫い目が大きく縫い損じてあって、少し風が吹いただけでも布がめくりあがってしまうような有様だったため、まんざらでもない様子のジゼルを差し置いて、外套はすぐに元あった場所へと戻されていたのだった。


早速、手渡された外套を羽織ってみるとジゼルは、いたる場所に、いたる角度で設置された姿見で自らの姿を映して体を何度か回した。


「ねぇ、セイム?」


「はい」


「ここに住んでしまいましょうか?」


セイムは、ドキリとして


「少し不気味ですけど・・・」


と言って、それから秘密をさぐる様にジゼルに尋ねた。


「良い所だとは思います。・・・でも、どうしてですか?」


ジゼルは衣装を体に当てたまま、鏡越しにセイムをちらりと見た。


「何となくです。ぁあ、クウコさんやカゼハさんにも見せてあげたかったですね」








 日没になる事で様変わりした街は奇妙な事に昼間よりも明るく、温かなオレンジの光りが内側から街の全貌を照らし出すものだから、幻想的で美しく、それでいて、昼間の薄闇に隠されていた雨によって溶けた建材が建物の壁に作り出すどろりとしたシミや、打ち捨てられたメイドタイプの自動端末や、中身が抜き取られた冒険の道具などがいたるところで山になり、狭い路地裏を埋め尽くしていた。


鼓動するように常に変化する不安定な光量の中で、茶色く汚い塊と化したセイムとジゼルの足は自然と人の灯の薫りがする方へと引き寄せられていった。

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