無許可レンタル

彼らは街はずれの飛び切り古びた建物群に雑然と並んだ商店の一つにたどり着いていた。


多くの光を失った看板に書かれたメッセージの意味をセイムは知らない。


メイプルは店のショーウィンドウの前にしっかりと両足で立つと清々しい態度で言う。


「ここだ、俺は今からちょっと調に行かなきゃならないから一旦別れよう。いいか?俺の格好をよく見て似たような服を選べよ?ここの連中はよそ者に敏感だからな」


セイムは少し困惑してメイプルに言い寄った。

何故ならばこれら商店からは一切のひとけが失せている、とても買い物など出来そうにない。


「あの、メイプルさん。お店はやっていないようように見えますが」


どの商店の扉は固く閉ざされて中は暗く、ほとんどの情報が隠されていた。


「大丈夫、こうすんだよ!」


ガアアアン!!!


メイプルは、手頃なブロック片で店のガラス窓を叩き壊して、壊し損ねたガラス板が冊子に鋭く残っているのを足で綺麗に折ると悪びれる様子なく狼狽ろうばいするセイムを見た。


「・・・なんてことを!」


「何言ってんだ?お前だってその辺になってる木の実食ったりするだろ?」


「これは木の実ではありません!」


「そんなの、見ればわかるって。暗いから、足元に気を付けろよ?」


「せっかくですが僕は、人の物を盗むなんてことはできません」


「は?おまえなに言ってんのよ?」


その時、メイプルが見たセイムは実に頑固な装いをして、それから少し顔を上気させ真っ直ぐに自分を見つめていた。


「できません、持ち主の許可なく勝手になんて」


「じゃぁ持ち主探して許可取って来いよ?きっと好きにしてくれって言うからよ」


「僕たちがここに来たのは、買い物のためであって、略奪行為を行いために来たわけじゃないんです!」


「わかんないやつだねぇお前は、今!持ち主がいないってことは!その辺の石ころやなんかと同じなんだよ!それをどう利用しようが勝手だろう?」


「違います!誰かによってこの場所に作られた時点でそれはもうその人の所有物であるべきで、それを許可もなく盗むことなんて許されるわけがありません!」


「面倒なやつだねお前は。おいジゼル。お前もこんなのと一緒じゃ苦労するだろ?全く・・・。」


メイプルは熱がこもった厚手のコートを指でつまんで膨らませ、新鮮な空気を取り込んだ。


思わぬ熱を帯びた彼の体はすぐに冷却され、頭脳は本来の能力を取り戻す。


厚手の外套全体が一瞬膨張して縮こまると、メイプルは一度捕まえ損ねた野生動物のように疑り深くなってしまったセイムを見た。


「はぁ。わかったよ。じゃぁこうしよう。お前らがこの店から一筆書けよ。当然お前ら二人が借りてくんだからな。」


「割ってしまったガラスはどうするつもりですか?」


「わあってるよ、俺がちゃんと弁償するって。悪かったな、乱暴なことして。急いでたんだ・・・」


「それに、なんて言い方を変えただけで、やろうとしていることに変わりはありません」


「ま・・・まぁいいじゃありませんかセイムさん?せっかくメイプルさんが親切に教えてくださっているのですし、郷に入っては郷に従えとも言いますわ?ね?」


「ジゼルさんが、そう、いうのなら・・・」


「ふん。お前ぜってー友達いねーだろ?セイム」

「余計なお世話です」


ジゼルはメイプルから受け取った紙に自分とセイム二人の簡単な似顔絵を添えてその旨をさらさらと書き加えた。


「どうですかセイムさん?こんな感じで?」


「字が上手なんですね、似顔絵もとても、良いと思います。余裕があったら買い物のときにお礼の品物を買いましょう」


「ふふ、そうですね」


「けっ!やろうとしてることは盗みだろうがバカ!」


「違います、これはだけです。借りたものはしっかりと返しますし、お礼だってきちんとするつもりです」


「けっ!」


その時、そっぽを向いたメイプルの傍らに佇んでいたロドリゲスのドーム状の頭部に水滴が一つ音もなく落ちて来た。


「おっと、もうこんな時間になっちまったか」


彼はそれを見ると何かを思い出したように忙しなくなって、大きなメモ帳に何やら書き込んでそのページの端を千切ってセイムに手渡した。


「ほらよ、俺はしばらくそのホテルにいる事になってっから」


セイムに手渡された紙きれをジゼルが覗き込んで呟いた。


「ふむふむ。ホテルまんぼう2501号室?」


「ああ、それじゃぁな!あ、そうだ、建物の隙間や暗がりなんかには気をつけろよ!かなり危ない虫が潜んでる時もあるからな!」


「メイプルさん!」


セイムは後ろを向いて走る体制になったメイプルを呼び止めた。


「きっと会いに行きます。気を付けて」


「お前らもな!変に言い寄ってくる女がいたらそいつはツツモタセだから絶対ついてくなよ!セイム!わかったな!」


メイプルはそう言うと瞬く間に路地裏の壁に映し出される影になり消えていった。


ガタガタガタガタ・・・・・・・・・!


「ツツモタセ?ジゼルさん?」


「なんでしょう、プレイヤーに化けて悪さをする生き物でしょうか?」


「気を付けましょう」


「ええそうですわね」

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