メイプル少年
「セイムさん、これ見てください」
「・・・・。何ですかジゼルさん?」
駅のホームの大階段は、かつての栄華を連想させる大変立派なものだった。
しかし、それがとうの昔に過ぎ去ってしまった過去の物であることは、おおよそ疑いの余地は無かった。
表面の装飾は大半が削り落とされて、素材が露出した灰色に染められ、アーチ状のガラス天井は、大部分の骨組みを失い黒い苔が生えていた。
かつて自動で上下していたであろう大階段の一段目のステップは滑らかな比例曲線を描いて地面から上へと伸びて、3段目辺りから本来の階段の形を取り戻していた。
この階段の見えない裏側では、もう、恐らく、永遠に踏まれる事の無いステップが同じ数だけ埋もれているのだった。
二人は立ち上る微かな埃の中を進んで、駅を出るとそこは街はずれの回廊に繋がっていた。
すっかり色を失った煉瓦張りの回廊は、二人で歩くのには広すぎで、かつての賑わいを象徴する沢山の商店は、殆どが傾いて黒い苔に覆われていてまた、どれも無人だった。
閑散とした街道の両脇には、壁のように巨大な建物がひしめき合って、重厚で不自然な白さを放つ低階層を除いて、上に行くにつれそれらは、矮小になっていた。
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ジゼルが指さした看板にはそう書かれていた。
この看板の意味をセイムは理解できない。
彼は昼間でありながら薄暗く、妙な臭いがあたりに立ち込め、雨も降っていないと言うのに濡れている壁と屋根と地面をぐるりと見まわしてから、呟いた。
「一体、どんなところなんでしょうか」
二人には明確にこの街に関する情報が枯渇していたのだった。
それからしばらく、二人はお互いの後を追うようにそこかしこに垣間見える人の生活の痕跡を追い求めて外見よりずっと立体的に広い空間を彷徨っては見たものの、肝心かなめの人そのものに出会うことは無かったのだった。
事態が好転したのは二人がこの街に隣接する海にたどり着いた時だった。
二人は埠頭でうずくまり何やら地面を調べている人物を発見したのだ。
二人は思わずお互いを見合ってその人物に近づいて声をかけた。
その人物は接近してくる二人の足音にいち早く気が付くとすっと立ち上がり、自分の所へ二人が来るのを待っていた。
セイムが尋ねる。
「すみません。この街に商業団の定期船が来ると聞いたのですが、この街の何処の港に停泊するのでしょうか?」
背景に溶け込むような汚れた濃い暗色の衣服で身を包んだ人物は、近くで見て見るとセイムよりも背が少しだけ低かった。
「お前ら、他所もんだな?」
指の先まで汚れて、すっかり色の抜け落ちた革色の衣服に身を包んだ人物の声が、少年のようだったので二人は思わずほっとして、僅かに斜めにしていた体を開いて返事をする。
「ええ、わたくしたちは、ムーンシャイン鉱山から使いで来ました」
「僕は、セイムと言います。この人は、ジゼルさんです」
「ムーンシャイン鉱山?聞いた事ねぇな」
少年は顔に巻かれた厚手の布を微かに膨らませながらそう言うと、手にしていた道具をまとめて腰のバッグにしまって遮光ゴーグルと口元のマスクを暴いて続けた。
「俺はメイプル。よろしくな」
暴かれたマスクの奥から目鼻立ちの整った端麗な顔があらわれ、それを見たジゼルの髪や華奢な肩が少しだけ持ち上がるのをセイムは見逃さなかった。
メイプルはすぐに顔の装備をもとの場所に戻して二人に近づき握手をした。
「実は俺も、一昨日着いたばかりの余所者なんだ」
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