詩人でエンジニア

「ああ。なんだ、お前ら・・・」


びしょ濡れになった二人に対して、シャズは少し遠慮がちに蟹股になって股間を搔いて出迎えた。


「こぉらシャズ!おちんちん搔くんじゃないの」

「ぁあ。セイム。ああ」


シャズは体のどこかしらを掻きながら言葉尻に詰まっていた。


その時、リナがもの言いたげな様子でシャズを見たがセイムはそれに気が付かなかった。


セイムは、人前で、特に、ジゼルの前で下品に振舞うシャズを軽蔑した。

シャズは一度大きくため息をついてガラガラと喉を鳴らして、改めて外の二人の方を見た。


「セイム、実はお前に頼みたい事があるんだ。は、そいつが終わってからでかまわない」


シャズは体をスラリと伸ばして顎に右手を当ててうつ向いて考えるような姿になって続けた。


「やってくれるか?」


セイムの胸は、期待と不安で酷く高鳴って、簡単な返事も難しくなった。


「いつ、ですか?」

「今すぐだ」




ブオオオオォォ・・・・!!!



鉄道仕様に変形した旧式のランドクローラーは、枯れた大地に真っ直ぐ伸びている半分埋もれてしまったレールの上を軽快に進んでいた。


彼らはこのレールの先にある『メイト・メイガ・アウトジョズ駅』にまもなく到着する大量の物資を積んだ交易船まで、使に向かっている途中だった。


運転手はあの老人で、クローラー上部のキューポラではもう一人がじっと前だけを見つめていたが、目は埃だらけのゴーグルで隠され、そのほかの肌の部分には、砂色の包帯が隙間なく巻き付けられていたため、ジゼルとセイムはこの人物を前にお互いの扱い方に難儀して気難しそうに時折目線を交すだけだった。


やがて、外の景色が少しづつ様変わりし、孤独な砂漠には段々と緑が寄り添い、空気には微かな湿り気が漂い始めていた。


それから、またしばらくして、クローラーの車輪がレールの上に載っていた小石を踏んで、一瞬だったが下から突き上げられるようにガンと揺れたのでジゼルは小さな悲鳴を上げた。


その時、セイムの足元に何か小さな金属のような物が転がってきた。


それは、キューポラの男の元から転がり落ちた物であった。


セイムは男の態度にならって詮索することを極力排した態度でそれを拾うと声をかけた。


「あの。これ、落としましたよ?」


ジゼルはいぶかし気な態度でその様子を眺めていた。

男は、砂で覆われたレンズの向こうからじっとセイムを見おろすと、差し出された物を受け取って左手の小指の場所にそれを差し込んだ。

差し込まれた金属の棒は、生き物のように滑らかに折れた。


男はそれから以前と全く同じになった。


二人は顔を見合わせて、互いの知識の引き出しから何かしらの説明が出てくるのを期待したが、あいにく、二人は同じような経験に出会ったことが無かった。


ジゼルは硬く小刻みに揺れる後部座席の金属製のパイプから立ち上がって、運転席の老人に声をかけた。


「あの。あなた方はどういったご関係でして?」


老人は一度アクセルを大きく吹かすパフォーマンスをして、柔軟性を失った首を上半身ごとひねって答えた。


「詩人だよ」

「え?」

「詩人だ」

「・・・・はぁ」


ジゼルはまじめに悩み込んで苦悶の表情を浮かべながら再びパイプの上に腰を下ろした。


次に、セイムが立ち上がってキューポラの男に声をかけた。


「ずっと立ちっぱなしで大変じゃありませんか?良かったら座りませんか?」


男は前を向いたまま微動だにしなかった。


セイムはクローラーの出す騒音のせいで聞こえなかったのかもしれないと思い、もう一度同じ質問をしたが、結果は一緒だった。


「無駄だよセイム」


老人は前を向いたまま口元だけ動かして言った。


「無駄とおっしゃいますとどういった事なのでしょう?」


「お前は?」


「申し遅れました。私ジゼルと申します。」


「小賢しいな、おじょうさん。本当の奇跡を見たことがあるか?」


老人は動かないまま続ける。


「それはな。まるで花火みたいなんだ」

「・・・・はぁ」


「そいつは人形だ。俺が作った。小型化した分馬鹿で鈍間になっちまった。生きる喜びも失う怖さも無い、どうしようもない欠陥品だ」


「そんな・・・あんまりです」

「え。ええ、何もそこまでおっしゃらなくても・・・」


老人は僅かに目を細めて数回アクセルを踏み込んでエンジンをうならせた。


「永遠の暇は、悪魔の奴隷。笛を吹いたところで誰一人おどりゃしない」


「・・・でも、僕はきっと悲しむと思います」


セイムは老人にそう告げて手の皮膚が破れるたびに巻いていた布のテープを取り出して展ばした。


これは以前ジゼルにもらったものだ。


そして、手際よく機械の小指に巻き付けてテープを切った。

一連の動作は淀みなく洗練されていた。

その場で、セイムだけが動いていて、彼は、硬いパイプに座りなおすと少し満足そうな表情を浮かべて、恥ずかしそうにジゼルを見ると誤魔化すように言った。


「ジゼルさん、街に行ったらどうしましょう?僕、人が沢山住む街は初めてなんです」


「ふふ、そうですね・・・。港のある街だそうですし、海の見えるところでお食事にしません事?」


「でも、預かったクレジットはシャズさんの物ですし、良いんでしょうか?」


「なおさら、良いじゃありませんか。セイム」


セイムは言葉に困ってシャズから手渡された買い物リストを取り出すと内容を確認した。


ここには、食器と、家具と、調味料、小麦粉、コーンミール、砂糖、酵母、機械用の油、釘、接着剤、工具、沢山のボトル、そして、余白を挟んだ場所には宅配用の座標が記されているはずだ。


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