ひとりぼっちの春

「・・・ジゼルさん」

「なんですか?セイムさん」


セイムは水を得て活き活きとしたジゼルを見て、不思議とこのままどこにでも行けてしまうかもしれないなどという根拠のない自信が胸の奥から湧いて来るのを感じた。


この機会を逃せば近い内に必ず、せっかちなシャズの口からあの事が告げられて、ジゼルはきっと自分に失望するだろう。


荒野の風が小さな森に吹き込んで、森全体が木漏れ日のステンドクラスの如き光に飲み込まれて、水面が揺れた。


遠くに見える凍り付いていた白い先鋒は、灰色に変わり、青い空に漂う真っ白な雲を切り裂いていた。


加えて、セイムの目前に広がる世界は美しかった。

それは、ムーンシャイン鉱山ではなく。


「ジゼルさん。実は、お話ししないといけないことがあるんです」


「なんですか?セイムさん急に改まったりして」


セイムの両足の隙間に、暖かで柔らかい何かが差し込まれた。


「ジゼルさん」


ジゼルの髪の束の先端で水滴が膨らんで落ちた。


何度も膨らんで、何度も落ちた。


何度も。


「・・・セイム」


ジゼルは何かを言いかけて口を半分開いたが言葉を止めた。

彼女の瞳の中にはもう一つの世界が広がっていた。


「僕は、」








『タゥー・・・・!』






セイムの足に押し付けられていた暖かな物、それは、水底からわざわざ二人の隙間を選んで這い上がってきたシーポンだった。


「いやっ!なに?何ですか!?セイムさんッ?!」


ジゼルは初めて見るゴアゴアした毛で包まれた不思議で馴れ馴れしい生物に驚いて、反対側の縁まで後ずさる。

それと同時に支えを失ったシーポンは、溺れかけて、小さな前足を目いっぱい広げると、何か訴えるような瞳でセイムに見せた。


「・・・シーポンです。池の底で寝ていたのかもしれません。シーポンは、潜水は得意なのに泳ぐのはとても苦手なんです」


セイムはすぐにそれを抱き上げ、ジゼルを見た。


『タウー』


「シーポン?噛みつきませんか?セイム?」


「大丈夫です、食事の最中に抱き上げられても、おとなしくしているくらいですから」


「本当に?」


「はい」


『カカカカカカ!!!』


『!!!!』


『カウー!!!』


「なんだかとっても、怒っているように見えますけれど。」


ジゼルはまだ不安そうにシーポンとセイムの間を指でつつく様にを撫でて、この生物がすぐに可愛くなって近くで見たくなった。


「どうしたんでしょう?いつもは、こんなことしないんです」


『カカカカカ!!!(威嚇)』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る