消えたシャズ
セイムは意味もなく全速力で竪穴の位置まで戻った。
久しぶりに全力で走ったと言うのに、それが誰にも見られていないと思うと、彼は途端に物寂しくなった。
彼は換気扇のゼンマイを巻いて、奇妙な3枚のファンが正転と反転を繰り返し、渦のようなゼンマイを自分で巻いたり展ばしたりして、正常に動作しているのを確認すると、篭をもって穴に潜った。
中の様子は先ほどと少しも変わらずむしろ悪化しているようにさえ感じた。
水の量は明らかに増えて、申し訳なさそうに壁を伝っていた水は、すでに行き場を失い直接天井から地面に垂れている程だった。
さすがの彼も切羽場がこんなにも変化してしまえば初日と何ら変わらないと思い、それ以上作業を続ける事無くシャズを探すことにした。
いつもより早い食事をかごの中にパラパラ撒いて、セイムは古い集落を横切って谷を上った。
人気のない家々はそのどれもが閑散としていて、隙間から中を覗いてみると、取り残された家具には雪のように埃が積もって、薄暗く、穴の中の方がまだ手入れが行き届いているような気がするほどだった。
当然、シャズの気配はどこにもないように思えた。
しかしながら、セイムはシャズが寝ているとき以外動きを止めて居られない性分だという事を良く知っていた。それはシャズと言う人間の性質であって、ある意味最も単純で、木からりんごが落ちるように普遍的な神秘性を秘めたものだった。
彼は、シャズの痕跡を目算し追跡した。
そして、セイムの試みは誰もが思い浮かべるよりもずっと簡単な方法で実を結んだ。
彼はシャズがいつも吸っているタバコの吸い殻を見つけそれを辿っていったのだった。
吸い殻の道しるべは、渓谷に掛けられた貧弱な橋を何度も往復するように渡って、少しづつ地上に向かってやがてムーンシャイン鉱山を出て荒れ地の方へと向かっていた。
集落の外れにある砂が張り付いた古い立て看板を越えた所でセイムの脳裏に、再びあの旧式のランドクローラーに追いかけ回される心配がよぎったが、シャズの痕跡は土色の大地の先まで続いているようだったので彼はそれを追う事にした。
やがて、砂の波間から蟻塚のような建物が見えて来た。
セイムは明らかな人の気配に久しく忘れていた不安を思い出して、思わず駆け足で近寄った。
すると、建物の人一人が屈んでやっと通れるくらいの大きさの扉の前に吸い殻が3個ほどまとまって落ちていた。
いつの間にか風が段々と強くなり、視界が黄色くぼやけ始め、それは、エレメントを含んだ砂嵐のようだったので。
彼は蟻塚の扉を開けて中に入ることにした。
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