雪のようにピュアな酒
二人はめちゃくちゃになった屋敷の品々を感慨深くしみじみ眺めて、一つ一つやるせない気持ちで片付けていった。
短い間といえど、ほとんど毎日手に取り使ってきた食器や家具は早くも手に馴染んで愛着が湧いていたのだった。
ジゼルは明日のことも考えて早く休むようにとセイムに促したが、彼はその言葉に従わなかった。
4つに分かれた扉の断面は鋭く、また、黒ずんだ表面とは裏腹に、未だ生木の新鮮さを保っていてにわかに健全だった。
両端を二人で持ち上げ、入り口のシーポンを踏まないように2枚目の扉を外壁に立てかけた時だった。
大の字で倒れていたシャズがすっと立ち上がって近くのひっくり返った椅子の足を掴むと思いきり壁に叩きつけた。
「クソ!!!!!!!」
それからシャズはしばらくの間、暴れた。
よほど、大切なものだったのだろうとセイムとジゼルは眉をしかめて無言のまま顔を見合わせ、彼の憤りの炎が収まるのを待っていた。
彼らはハヤトが語ったシャズの過去の蛮行を疑う事なくすんなりと受け入れ、また、痛く納得していたのだった。
それは今の暴れる様子を見たからなどでは決してなく。
普段かたくなに表に現れないこの男の隠された人生を新たに発掘した喜びと共感からだった。
かろうじて形をとどめていた物をあらかた叩き壊した頃に、奥の扉からリナが現れた。
リナはさらりとした前髪が作り出す異様な影の下の瞳でシャズを見つめて。
「シャズ。あれちょうだい」
と、言った。
シャズはクロヒョウの顔でリナの姿を見据えると、ぬ。と言って、つづけた。
「だめだ。あれに手を付けるわけにはいかない」
「いいから!」
シャズは勘弁したようにため息をついてちょうど足元の床板を何枚か外した。
そして、そこから一本の褐色の瓶を取り出した。
瓶には荒く漉かれた四角い紙が雑に貼り付けられていて、紙には真面目な書体で『命』と書かれていた。
それを見て、リナはニヤリとだらしない笑みをこぼした
3ステップ程で即席の席を素早く用意した。
その間にシャズは醜い泥の塊を手に4個持って、それをひょいと持ち上げて、いつまでたっても外で立ち尽くしている若者二人に見せつけ声をかけた。
「こいつの酒臭い息で眠りを邪魔されたくなかったらお前らも来い」
「どーゆー事よ!」
リナは奪い取った醜い泥の塊をシャズに差し出して抗議した。
この醜い泥の塊は専用の
「言葉通りの意味だ。全く。この酒の銘柄もそうだがろくでもない」
形容しがたい音と共にリナの泥の器が満たされて彼女の瞳は輝き、頬は、りんごのように艶やかに、赤く上気した。彼女は、すぐにそれを飲み干して悦びで震えて、絶叫した。
「まあああたく!!なにが『キャ!ハヤトくぅん!やめて』よ!ぁの発情期のサルガキどもめ!!」
「おい!口に」
シャズは目を細めて器用に持った器に次々と酒を注いで、空いた人差し指を口に当て、その後、セイムとジゼルの方をそっと指さした。
「気をつけろ」
彼は珍しく優しく、普段と少し異なる薄ら笑いを見せていた。
「あなたにだけは、ゆわれたくないわ!」
シャズは、寄ってきた若者2名にわざと少なく注いだ二つの器をそれぞれ手渡して、自らの分を、目の位置より僅かに低い所に掲げ乾杯のようなしせいをみせた。
それから一口飲んでガラガラと言った。
「方法は、一つだ」
そして続けた。
「お前が黙ればいい」
「ひたるんじゃないわょ!」
リナはふんすと鼻息を噴いて、空になった容器をシャズの前に差し出してひょいひょいと傾けた。
シャズは差し出された泥の器にさっきよりもずっと少なめに酒を注いだ。
「リナ、お前は良い。本当だ」
「馬鹿」
セイムはひっくり返った鍋の裏をジゼルに譲り、自分は分断された扉だったものの上に腰を下ろした。
泥の器の中の液体は、ほんのり黄金がかって、ひんやりと冷えて、飲んで貰うのを望んでいるような気がした。
そして、今夜の彼は物事を深く考える事を放棄していたのだった。
セイムは自分やそのほかの誰かの意識が普段の彼に向けられる前に、泥の器を傾けた。
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