この物語の主人公たち

そんなある夜ムーンシャイン鉱山の屋敷の扉を叩くものがあった。


その人物は、2度扉を叩いて、透き通る声で言った。


「遅くにすまない。聞きたいことがあるんだ」


扉の向こうから聞こえてきたのは少年のような若々しい声だった。


「は・・!」


元気よく外行き様の声で返事をしようとしたジゼルの口を、シャズはすぐに抑えた。


彼の表情は狼のように鋭くなっていた。


セイムはこの顔になったシャズの様子からをすぐに察知して金属の匙を音を立てないようにテーブルに置き、待った。


「セイム二人を連れて奥に隠れてろ」


「はい!」


物々しい雰囲気に急かされてセイムは奥の廊下へと二人を連れて移動し、扉の隙間からホールの様子を監視した。


もし、何かあれば、きっと二人は屋敷の抜け道を知っているはずだ。


シャズは当然非武装のまま扉に張り付いて、外にいるものに向けてようやく返事をする。


「誰かの使者か?」


来訪者は少し考え込むように沈黙し答えた。


「違うんだ、頼むから開けてくれ。俺は急いでいるんだ」


「ダメだ。お前たちを信用できない」


シャズは右相四みぎあいおつで壁に張り付いた状態で、左手を遊ばせた。


その合図を受けてセイムはそっと抜け出して扉の閂をシャズに手渡し片方の留め具に乗せた。

と同時にシャズは反対側の留め具に閂を乗せた。

一連の動作は、滑らかで淀みない物だった。


おおよその準備が整いシャズが言う。


「帰れ」


扉の向こうの来訪者は存在が消えたように沈黙した。

そして、しばしの沈黙の後、セイムは少しでも外の状況が知りたくて分厚い木の扉に片耳を張り付けて、外の音を聞いた。


その時だった。


屋敷の扉が突然斜めに切断されたかと思うと、外からの猛烈な圧力を受けて吹き飛んだ。


切断された扉は4つに分かれ、ホールを彩るささやかな食卓を破壊して壁にぶつかり砕け散って、それに巻き込まれたセイムは天井に背中をぶつける程だった。


「セイム!クソ!なんだ!」


扉があった場所から、ゆっくりと声の主が現れた。


それは壮麗そうれいな顔立ちをした少年と少女のプレイヤーだった。


二人のプレイヤーは、それぞれが『冒険者』の衣に身を包んで抜き身の剣を携えていた。


先に屋敷に足を踏み入れた少年が振るった剣を治めぬままシャズを睨みつけて言った。


「お邪魔させてもらうぜ。『コア』を探してるんだ。あるんだろ?」


「なんだと?」


「コ・アだ」


耳だけを向けて目も合わせないシャズの態度に少年は剣の切っ先を僅かに持ち上げた。


しかし、当のシャズは挑発的な態度を崩さない。


剣に限らずSWEの刃物はそのどれもが見た目よりもずっと『鋭利』なのだ、にもかかわらずシャズは、あろう事かあえてその正面に体をずらして、いつもの様子でせせら笑った。


「親から礼儀を教わらなかったようだな?クソガキ」


「親だって?おい、勘違いするなよ?俺は別にあんたを秒で黙らせてから、ゆっくり探してもいいんだぜ?」


「なんだと?」


そしてこの時、来訪者の2名以外はシャズが断固対話を拒否する姿勢に移行していたことを確信していた。


現にシャズの少年に対する態度からは、彼の悪い癖の尻尾がちょろちょろと見え隠れし始めていた。


「こっちは初めから、あんたみたいな悪党の言うことを聞く気なんてないんだ。やろうと思えば、さっきの一撃で済ませる事も出来たんだ。だができるだけ、手荒な真似はしたくない」


「なんだって?」


「・・・・・っ!」


「ハヤト君!この屋敷の屋根裏にサイフォンが隠してあるみたい!」


「屋根裏か。悪いな、通してもらうぜ」


ハヤトは颯爽とシャズの脇を通り過ぎようとした。


しかし。


「なんだと?」


シャズはここ一番のうすら笑いを浮かべた。


「ブラストインパクト!!!」


ほぼ零距離でハヤトの剣から放たれた衝撃波で、シャズは弾けたボイラーのバルブの如く飛ばされた。


その威力は本来向けられていないはずの窓の飾りガラス細工や、食堂の食器にまで及び、それらをことごとく破壊した。


「加減はしといてやったぜ。自業自得だ」


食卓のあった場所まで飛ばされたシャズは、その場で大の字に横たわりピクリとも動かなくなった。


セイムはすぐに抗議した。


「いったい何だっていうんですか!?急に押しかけてこんなのあんまりです!」


ハヤトと少女はセイムを見ると意外そうな顔をして、一歩、また一歩と彼に近づいた。


「ほかにプレイヤーがいたのか。そいつは、大勢のプレイヤーをだましてこの土地を手に入れるために大量のPKプレイヤーキルを行った悪党なんだ。悪いことは言わない。お前も、すぐにここを離れたほうがいい」


「そんな。そんなのは、・・・何かの間違いに決まっています!」


セイムは目のやり場に困って、扉がなくなった入り口を見つめた。


すると、壁の陰から、あのシーポンが心配そうに中の様子をうかがっているのが見えた。


「クククッ・・・!」


倒れているシャズからこの上なく邪悪な笑い声が漏れた。


「あぁ」


彼はそのあとガラガラとのどを鳴らして一度深呼吸すると続けた。


「どうも臭いと思ったら、そこのか・・・。」


『・・・ッ!』


その場に居合わせた全員が操作されたように冒険者の一人である少女に視線を集中させた。


下劣な不意打ちに壮麗な少女は途端に自信を失い打ちひしがれて、たちまち戦慄し泣きそうな顔になる。


「私?・・・なんで?」


「くせぇな」


「お前っ!!!」


ハヤトは血相を変えて背中に背負ったもう一方の剣も抜くと同時に目にも止まらぬ神速を発揮しシャズに切りかかった!


すぐ近くで見ていたセイムは、瞬きすらできなかったほどに、それは凄まじく速かった!


「・・・」


「・・・・・ッ!」


「これ以上の狼藉ろうぜきは、このわたくしが許しません」


ハヤトの神速双刃を受けたのはジゼルの。


「炎の剣・・・?いや、グレムファイトを混ぜたハーモニックソード・・・?」


両者は交えた刃に火花を散らしながらしばし睨みあい、やがて、剣を引いた。


「君、名前は?」


「・・・」


「俺はハヤト。『剣帝のハヤト』って言えば分かるかな?」


ジゼルは澄んだ瞳でじっとハヤトを見た。


その様子はまるで鉄の貞操ていそうをその身をもって体現いるかのようで、燃え盛る自身の信仰を内に秘めた強い出で立ちは、それ以上のうかつな質問を許さなかった。


二人はしばし見つめ合った。


「ハヤト君!!コアは屋根裏だよ!そんなほっといて!行こ!はやく!ねえ!」


そこにハヤトの後ろにいた少女が二人の間に割って入って上目遣いでハヤトの顔を覗き込む。


すると、ハヤトは得意げに彼女と自分の事もついでにを紹介しはじめた。


「あ。ああ!こいつはルナ。俺たちパーティ組んでんだ。じゃ。そうだ、次のサイクルも『ワールドグラディエーターチャンピオンシップ』に出るからよかったら見に来てよ。多分また優勝するから」


ハヤトはさり気なく左手の人差し指にはめられたワールドグラディエーターチャンピオンシップのチャンピオンリングを光らせた。


「・・・」


去り際、ルナはジゼルに一番の決め顔を見せた。


「私も出るんだ!行こ!ハヤト君」


二人はそのまま何事も無かったかのようにホールを通り抜けて廊下へと消えていく。


静かに燃え続ける暖炉の薪がたまにはじける音に紛れて、暗闇からは若いプレイヤーの無邪気な会話が聞こえてきた。


ねぇ、ハヤト君。

どうした?

私、その・・・。

大丈夫、気にすんな。そうだ・・・ちょっと、胸当て外して。

うん・・・。キャ!冷たい!

俺がブレンドした香水。これで解決。な?

ありがとう、ハヤト君・・・。あ!あった!コアだよ!

よし、これで何とか間に合いそうだな。

そうだね!

全部ルナのおかげだよ、ありがとう。

・・・ハヤト君。

・・・・。


ドン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


僅かな沈黙の後、かと思うほど短く、乱暴に揺れて、若い男女のプレイヤーは野生動物のような勘の良さを発揮するとそそくさと屋敷から出て行った。


グライダーの騒音が、あの音は多分ハツカネズミ級だ。

遠ざかるとジゼルはようやく緊張を解いてセイムの肩に手をのせて心配そうな表情を浮かべた。


「セイムさん!どこか怪我をしませんでしたか?」


「平気です、ジゼルさんは?」


「わたくしも大丈夫。でも・・・」


ジゼルは大変悲しそうに、めちゃくちゃになった屋敷を見渡し、眉間にしわを寄せた。


「はい」


セイムもこの時ばかりは自分も彼女と同じ気持ちだろうと確信めいていた。

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