狩り

「さ、セイムさんこちらです」

「はい」


ホールと食堂はかつて壁で隔たれていたようだった。


見晴らしがよく、一切無駄のない食堂を抜けて、廊下の階段を上がった2階は石や金属でできた1階部分とは趣が異なり、革や繊維の有機系で、廊下は木製だった。それも端から端まで寄木のような幾何学模様で埋め尽くされていて、壁に備え付けられた薄暗い光源がゆらゆら揺れて、つややかなそれをぼんやりと廊下の向こう側まで映し出していた。


屋敷の外では増殖し小さな森のようになった裏庭の木々がざわざわ揺れて、奇妙なことに、外の納屋にいた時よりもその音が鮮明に聞こえる気がした。


 階段を上がって両側に伸びるうす暗い通路は、まるで穴の中にいるような感覚をセイムに与えた。


その廊下の真ん中にある一対の大扉といくつかの飴色の扉を無視した先の扉が二人に与えられた部屋だった。


部屋の中は異なる壁につけられたベッドが二つと、簡素な化粧台とクローゼットがあるだけの大変殺風景なもので、とても清潔にされているようだった。


セイムは入り口からすぐのところでしばらく立っていた。


窓からは月光が斜めに刺して、光が当たる部分は白く、そうでないところは薄く紫色だった。


「セイムさん?」


「はい」


セイムがようやく一歩踏み出したとき、彼のズボンや上着や靴から泥が落ちて床に広がった。


彼はそれ以上部屋に踏み入る気が起きなくて困ったようにジゼルを見て言った。


「服の汚れを洗ってきます」


僅かな間に屋敷は廃墟のように暗くなっていた。

セイムは階段の下からわずかに漏れている1階の暖炉の明かりと、一歩ごとに廊下に砂粒や小石を落とす音を、とても申し訳ない気持ちで聞き取って、それを頼りにホールへ降りた。


ホールではどこかから引っ張り出してきた長椅子に弓のような窮屈な形でシャズが眠っていた。


シャズは大いびきをかいて、セイムはこの騒音も無意識にあてにしていたのだ。


暖炉の明かりで緩やかに照らされる足の隣を音もなくすり抜けて。


セイムはそっと屋敷の外へ出た。



 意識がなくなるほどの疲労をこの日に限って感じなかったのは、食事をとったからかもしれない。


外の真っ白な石灰色の月はどこで見ても変わらずに美しい。


光の溢れる世界は素晴らしく、そして神様はきっといるのだ。


セイムは歩きながら、時々、特に砂に塗れた胴衣を手の甲で軽く払って谷底へアーチを描いて落ちていく小川の上流を目指した。


流れる水の量が心なしか減った夜の川は、屋敷の中庭へとつながっていた。

セイムは柔らかな草が生い茂って尚且つ水が丁度良く深くなっているところまで行くと膝をついて顔を洗った。


夜によって冷やされた水で幾重にも重なった汚れを洗い流すのは想像以上に清々しく、彼は幸福に包まれ思わず声が漏れる程だった。


 何度も何度も水を被るうちに、セイムは指の隙間や唇の間に繊維状の物が多く絡まる事に気が付いた。


セイムはそれを月光にかざして見た。


繊維は白と茶色のマーブルで、ゴワゴワして、固く、植物の物では無いようだった。


「なんだろう」


動きを止めて静寂が訪れる事によって、せせらぎ以外の水音が段々と明らかな物となり、彼はその音のする上流の方を見た。


ばしゃ・・・ばしゃばしゃばしゃ・・・・。




・・・・カウーーーー。




上流には中型犬ほどの生物が体を丸めて水を浴びていた。


セイムは思わずしりもちをついて短い悲鳴を上げた。

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