美味しいパンケーキ、と、スープ
シャズは頑なに、セイムをガッカリさせた。
セイムは下品に食べながらさらに時折そのまま喋るこの男を終始睨み付け、鍋からリナとジゼルの分をよそおうとした。
その際、指先に走る激痛に思わず器を落としてしまった。
ろくろで削られた薄手の器は、屋敷の石灰質の床でしなやかに一度跳ねて、リナの足元へと転がった。
リナはセイムが拾おうと体を動かす前に俊敏に動いて器を拾い上げ、一度息をふっと吐いて埃を飛ばし、スープをよそった。
ゴロゴロとした具から細い湯気が立ち昇り、辺りには過熱した根菜類特有のの甘い香りが漂う。
そうして盛られたスゥプは、テーブルに着く前にシャズに強奪され飲み干された。
シャズは更にホットケーキをもう一枚食った。
新たな、器を用意しようと立ち上がるジゼルをすぐにリナはなだめて、先に二人の分のスープをごってりと盛り、それから、新たに用意した自分用の器にもスープを盛った。
誰かが給仕している姿に二人は何だかそわそわして、椅子から尻を僅かに浮かせた状態でリナにお礼を言ってスープを受け取った。
「・・・やぁね、食い意地はっちゃって」
セイムはこの素晴らしい食事の用意をしてくれた二人が器に口をつけるのを見計らうと、金属製の匙を持ち上げた。
金属で出来た冷たい匙は、肉に滲みる。
それに、握力の方もやはりどうしようもなく弱まっていた。
それでも彼は、痛みと、疲労と、未だに器用さを失ったままの手で食器を持ってスープを飲んだ。
暖かなそれは、大変沁みて、懐かしい味がして、セイムはそっと息をついた。
「お前ら、俺に感謝するんだな」
ガラガラと不愉快な声が響いて、迂闊にも食後の幸福な態度を漏らしていたセイムはすぐにシャズを睨み付けた。
シャズは意に介さず体を乗り出して鍋のスゥプを乱暴によそい、ジゼルの皿に残してあったホットケーキを盗んで食った。
ジゼルは一瞬驚いた顔をして、暖炉の火に濡らされた丸い瞳でリナを見て、二人はクスクスと笑った。
セイムは湧き上がる怒りに耐えてシャズを睨んだ、この程度で済んだのはその場にリナとジゼルがいたためだ。
しかし、やはり納得がいかない。
「食事を頂けたことは感謝しています。それに、付いたばかりの時も・・・。けれど、僕だってあなたの手伝いをしているじゃありませんか!」
セイムの押し殺した叫びはその裏で、理不尽さに対する反骨精神が薪となり、めらめらと燃え上がるようだった。
「・・・わけだって!なにも。聞かずに」
シャズは、喉の奥を鳴らして一度頷いて。
「確かにそうだ」
と言って、スープを飲んだ。
そして続けた。
「どうだセイム。お前今晩からこの屋敷で寝ろ。ただし、使える部屋は一つだけでうろうろと馬鹿みたいに歩き回らない事が条件だ。お前ら、二人で、1部屋だ。いいか?もし、ここと部屋以外の所に居るのを見つけたら容赦しない。すぐに両方とも出ていってもらう。どうだ?」
セイムはジゼルの様子を伺って断れない要求だ。と、気づいて無言のままゆっくりと頷いた。
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