健康のためならば

「・・・セイムです。お世話になります」


彼は久しぶりの会話に酷い羞恥の感情を抱いた。


リナは表情に柔らかな微笑みをたたえて、泥だらけで汗まみれな姿で床を汚すだけの存在2名を何の躊躇ちゅうちょなくテーブルの椅子に案内した。


そこには、ジゼルもいた。


セイムは、汚く、この暴力を象徴する存在に隷属している自分の姿を出来るだけ見せたく無くなり、それが透明になりでもしなければ到底叶わない事だったので彼女を出来るだけ見ない事にした。


この時、シャズをどう評価すれば正しいかと言われれば、それは紛れもなく『最低』だった。


シャズはテーブルに着くとすぐにブーツと一緒に靴下を脱いで暖炉の前に放り投げた。


そして、心地よさそうに所々土色の筋の入った足の指を広げて風に当てたのだった。


それから黒豹の如く満足そうに喉を鳴らした。


「リナ、今日のメニューは何だ?」


シャズは、俗な、それでも自分にとっての偉業を成し遂げた小悪党さながらに、勝ち誇るようにリナに尋ねた。


彼女は召使のような扱いを冷たく無視して、取っ手のついたつぼ型の鍋を奥のキッチンから運んできた。


その後ろからはジゼルも付いて来て、薪の熱に当てられたのかその頬の血色は別人のように良くなっていた。


そのあまりの鮮やかさは、誰かにぶたれてしまったのではないかとセイムが一時心配する程だった。


「今日は、ホットケーキとお野菜とお魚のスゥプよぉ。味付けは、『しおちゃん』でーす」


テーブルに置かれたスープは、魚も野菜も表面に角が浮き出るくらいごろごろと具が入っていて。


一枚の皿にうずたかく重ねられた沢山のホットケーキは焼きたてだった。


そのどちらもが甘く、こおばしく、とても熱い香りを放っていた。


思わずセイムは生唾を飲み込んでしまい、その卑しい行為が誰にも気が付かれていない事を確かめた。


同時に、シャズの腹が牛の鳴き声を数倍酷くして、それにバケツを被せてひっくり返して振り回したような音で鳴いた。


セイムは心底ガッカリした。


「シオが?またお前が味付けしたのか?塩はちゃんと入れたんだろうな?」


ジゼルの過去の塩にまつわる失敗からそのあだ名で呼んでいるのだとしたら、セイムは今すぐにでもシャズのはだしの足をブーツで踏んでいたかもしれないが、それはどうやら、ジゼルの現実世界での名前『しおり』にちなんでそう呼ばれている風だった。


「どら?早くよこせ・・・」


シャズは体を捻ってジゼルがテーブルに置こうとしていた大皿のホットケーキを汚い手でつまんだ。


ホットケーキの隅が柔らかく持ち上がると隙間から暖かな湯気が立ち上り、向こうに驚きと悲しさが混じった顔のジゼルが見えた。


「・・・・あっ!」


ジゼルは思わず弱弱しい少女の声を上げた。


その時だった。


「こら!シャズ!」


熱々のホットケーキに伸びた手をリナがはたき落とした。


「汚い手で触らないの!」


シャズは初めからそうなる事を知っていて、あえて合わせたのだと言った調子で素直に手を引いて言った。


「汚くはないさ。ちゃんと手も洗ったとも。なぁ。セイム」


セイムは思わずシャズを睨み付けた。


同時に、この男がなぜ集団から弾かれ、そして、教会に属していたセイムが彼のような人間のを知らなかったことを理解した。


つまるところ、シャズのような人間はどこに身を置いていても煙たがられ、嫌悪の対象になり、無視されるのだ。


当然だ、この男は乱暴で自分勝手で嘘つきで何よりも品が無い。


他者との協調を理念に掲げる教会とは、まるで相反する人間だ。


「うん・・・・。やっぱり薄いな」


シャズは真っ先にスープを器によそって啜ると喉をガラガラ鳴らしてそう呟き、汚い上着のポケットから薄汚れた塊を二つ取り出して、それらを擦り合わせて砕きスープに入れた。


穴から採掘された数々の鉱物の内の一種だった。


シャズはセイムの視線に気づくと半分ほど削れた鉱物を彼にも差し出した。


「お前も使うか?こいつの味付けは食えたもんじゃないんだ」


セイムはシャズを睨み付け、リナとジゼルは席について静かにいただきますをした。

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