鉱山の女
彼女は、セイムを愛していた。
この感情がいつから、どこで、何故芽生えた物なのかはわからない。
彼女がそれをたどろうとすると、いつも決まってため息が漏れて、耐えがたい胸の苦しみに見舞われるのだった。
彼女にその感情を気が付かせたのは、居候している屋敷に住むリナだった。
リナは一見すると粗暴なだけの男、シャズを間違いなく愛していたのだった。
しかし、その感情は麦わらのように軽やかに宙に舞う気配を完全に失い、まるで秋のように静かに流れて、少しも浮ついていないとてもとても落ち着いたものだった。
リナはシャズを少しも求めず、シャズもまた彼女を特別相手にしなかった。
にも拘らず二人の間にはお互いを尊敬しあい、それを無理に隠そうとも表に出してたたえ合おうともしないある種の信頼関係が築かれていた。
シャズは、毎日この屋敷を訪れるわけでは無かった。
前に来たのも確か3日前だった。
それでもリナは、毎日聞き心地のいい文句を言いながら、丁寧に丁寧に夕食を準備して、テーブルを拭き、ランプに着いた蜘蛛(?)の巣を取り除いて、使われることのないベッドのシーツの皺をきちんと伸ばし、それから、暖炉の前の揺り椅子を静かに揺らしながら、穴の開いた靴下を繕うのだった。
彼女にとってあの男は、日曜日の雨のようなものなのだ。
格別、誰かに急かされているわけでは無いけれど、予定が狂い、仕事が増えるだけの気まぐれを彼女はやはり心から愛おしいと感じているように見えたのだ。
二人の堂々として、ゆるぎないある種の自信は、競争相手の居ないゆっくりとした時の流れるこの場所だからこそ育まれた物なのだと、ジゼルは確信めいていた。
二人の関係が放つ甘美さは、そうして時間をかけゆっくりと
そのような関係に自分とセイムを当てはめてしまうと自身の魂の中の誰かがワーワーと騒いで、途端に酷く寂しく、また、所在ない気持ちになってしまうのだった。
シャズはその日セイムを連れて屋敷にやってきた。
彼女はその時確信した。
この屋敷にお世話になり始めたあの日から、一切に手を抜かなかったのはまさしくこの日のためだった。
シャズの後ろで汚く、ぐったりとしている『みすぼらしいセイム』を見たときはショックで目眩がした程だったがすぐにジゼルは歓喜した。
それから背筋をしゃんと伸ばした。
シャズは相変わらずがつがつと下品に食べて、四六時中この下品な雨に打たれたセイムはまるで元気が無くて、汚くて、濡れたネズミみたいに可愛くて。
心臓がどきどきなって。
その日、ジゼルは、パンを半分残した。
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