挑み損ない

長距離飛行用にデチューンしなおされたグライダーは自らの境遇を嘆くが如く小刻みな振動を搭乗者へと伝え続けた。


航行中だと思っていたウォンバットは、実は空中のエレメントの対流に乗ってほとんど漂流している状態だったという事をセイムはこの時耳にした。


セイムとジゼルはそれぞれ別々のグライダーの後部に掴まり、目的地であるムーンシャイン鉱山へと向かっていた。


「なぁ、セイム」


グライダーが安全高度に侵入すると操縦者であるヤナギは後部席の少年、セイムに声をかけた。


「はい」


「これから、お前が遭う人だけどよ」


「はい」


「やな、奴だからな」


「会った事があるんですか?」


「一度な、テルもだ。俺たちは一日で追い出されちまったがな。お前なら、もしかしたら上手くやれるかもな」


「できませんよ」


「お嬢ちゃんのとこ、ちゃんと守ってやれよ」


「守るも何も・・・ジゼルさんの方が僕よりもずっと」


「いいな?」


「・・・頑張ります」


「おし」



「もうすぐ着くけど。ジゼルちゃん酔わなかった?」


「ええ。平気、でしたわ」


「そう。凄いなぁジゼルちゃん。僕なんて、初めてグライダーに乗った時立ってるのも大変だったのに」


「テルさん?とお呼びしてもよろしいでしょうか?」


「もちろん、いいよー」


「どうもありがとう。テルさんは、何故あのような団体に参加なされたのでしょうか?」


「ううーん、成り行きかな?」


「成り行き・・・?」


「うんうん。でもね、良いかなって。みんなと同じことしてると僕いっつも浮いちゃうからさぁ。ジゼルちゃん教会の騎士だったんでしょ?」


「え?ええ。以前は、そう、でしたわ」


「すごいなぁ!隊長もジゼルちゃんの事誉めてたよ!戦う事にならなくて本当によかったって!先輩が言ってたハーモニックソードシカモサユウニトウってどんな技なの?」


「あ・・・・あれは、大気中の塵や埃を素早く流動させて対象を切断する技、ですわ・・・」


「えっ。そんなことできるの?!」


「え、ええ、一応。接地面を出来るだけ鋭く速く、内包する塵や埃を多く、なおかつ対象物も同じように振動させることでより鋭く滑らかに切る事も出来ますわ」


「ああーそれで、共振ハーモニックなんだね。屈折率がどうのって言うのは?」


「それは、ソードを形成した時に含ませる塵や埃の密度を薄くすることで威力を犠牲にして、ほとんど透明な刀身にすることが出来るのです」


「はぇーーえ?!あれで威力を犠牲にしてたの?僕の盾、あの後二つに割れてたんだよ!?」


「そっ・・!それは・・!サユウニトウで威力とリーチを2倍にしましたし・・・」


「ふーん。そうだったんだ。ああそだ!ガーデンリリーは?」


「あれは!あれは・・・・その・・・。あ!もう到着したみたいですよ!」


平穏な生活を送る者にとって無所属のグライダーは常に強く警戒の対象になるものだ。


よって、人目につかぬように僅かな雲を追いながら飛び続けたこの空の旅が、いったいどれほどの距離を飛んだのか、二人にはとても分からない。


しかし、飛び続ける間に季節のステージが切り替わるほどの距離だという事は疑いの余地は無かった。


分厚い雲の層を抜けた足元には、荒涼な地が永遠に広がっていた。


眼下の大地は、視界の丁度真ん中あたりから4つに割れ、谷底が見えない程深く険しい急斜面には焼き煉瓦の寂れた家々からなる集落が張り付くように広がっていた。


その不自然な渓谷には蜘蛛の巣の残骸のような数えきれないほどの情けない橋が渡されて、地上からせり出る土色のプーリーも、かつて栄華を誇ったであろう地平線の向こうまで繋がる鉄道も、人を乗せるための客車も時が止まり、いたるところでただの石ころのように打ち捨てられていた。


「あの鉄道をたどってけばデカい街に出る、あっちの一番高い山は、険しすぎて殆ど人の手が入ってない場所って噂だ、その代わり、原生生物の掃討も終わってないから危ないみたいだけどな・・・。この辺りで降ろすけど大丈夫か?なんならよ・・・」


爽やかな灰色の短髪をなびかせて、ヤナギはセイムの方を振り返り答えを待った。


その姿は苦労をして来た人間特有の他者へのにも似た雰囲気を纏っている。


セイムはそうして自分の前に晒されたカードの中から迷わず霧崎が描かれたジョーカーを選んだ。




「じゃぁなセイム、嬢ちゃん」

「またね、二人とも」


丁度正午の太陽に重なる二人にジゼルは手の平で小さな日傘を作って手を振った。


「お二人もどうかお気をつけて!きり・・・。皆さまにもどうかよしなに!」


二人が手を振り返すと同時に、2機のグライダーは推力を蓄え始めた。


「お、そうだ嬢ちゃん!!!」


「はーーい!」


「あの皿だけどな、本当な何の価値もないただの皿だ!!!だまして悪かったな!」


あの皿、と言うのは、ジゼルがかつて投擲武器の代わりのように使って粉々に割ってしまった皿の事である。


その時ヤナギは破壊された皿が高価なものだと偽って一瞬とはいえジゼルを悩ませたのだった。


ジゼルは一度答えに困ってから眩しく微笑んで手を振った。


「ぇ・・・!卑怯ですわよーーー!」


ヤナギとテルは手で小さく挨拶をして、すぐにその姿は見えなくなった。


「ふぅ、久しぶりに・・・大きな声を出してしまいました」


「ジゼルさん。向こうの山は、まだあまり人がいないみたいです。あっちの線路を進めば大きな町があるそうです」


「だから、なんだと言うのですの?さ、行きましょセイムさん。」


「はい・・・!」


なにがあるのかなんて、わからない。


だから何だ。やってやる。


ドドドドドドドドドドド・・・・・

ブブブブブブブブブブブブブブ・・・・・!!!!!!!!!!

ボォオオオオオオオオンン!!!!!!!ボオオオオオオオオン!!!!!


『HYYYYYYYYYYHAAA!!!!!!!!!久しぶりの客だぜえええええええええええ!!!!!』


「セイム・・・?」「え・・・。ええ。」


「なんですのあれ!?」

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