第2話 政府に仇なす者
酩酊の帰路。もう出すものも無くなって、すっからかんの胃を腹に抱えて、僕は汚れた都市を歩いていた。頭の中がぐちゃぐちゃにかき混ぜられたみたいになって、視界も鮮明とは言えない。
僕は岸には決して言えない愚痴を零しながら、高架下のごみ溜めに腰を下ろした。
「くそが。何であいつが死んだんだ。くそがくそがくそが。何が『喜び』と『悲しみ』は引き換えだ。んなもん、おかしいだろ。これが平等だ? 畜生。狂ってやがる」
バンドその数値が音を立てて下がっていくのが分かった。そうか。僕は今、悲しみを感じたのか。それじゃあこれから喜びがやってくるんだな。……この何とも言い難い、どこに怒りをぶつければいいのかも分からない悲しみを埋め合わせることができる喜びなどが存在すれば、だが。
「国に不満があるのですか」
頭上に声がした。目の前に、黒い男性用のブーツが見えた。そのブーツから視線を上に辿っていく。その先には、パーカーのフードを深く被った、若い青年の姿が見えた。
「そのバンド。それに不満があるのでは?」
青年は丁寧な言葉づかいで言った後、僕に手を差し伸べてきた。僕は彼のその手を酔いが醒め切っていない目でぼんやりと眺めた。そして、彼の言う言葉をゆっくりと頭の中で咀嚼した。
不満。……不満。そうか。もしかしたら、僕のこれは不満なのかもしれない。この制度に対する……このバンドに対する。
「……お前は?」
彼の言葉を飲み込み切る前に、僕は声を出した。彼の問いはまるで僕の気持ちを代弁してくれたようで、僕は彼を何となく信用してしまったのかもしれない。
「私は政府に仇なす者。名乗る名前はありませんが、人々は私をシンドウと呼びます」
僕はシンドウの鋭い目を見て、彼の呼び名を反芻した。
「シンドウ?」
「そうです。なんでも、『真の平等を謳う者』から取ったとか。時々、群衆のセンスは悪い方に働くこともあるらしい」
シンドウは遠くに見える、人々がごった返す通りを眺めながら言った。
「この国、狂っているとは思いませんか。平等の為に人の運命を操るだとか。『平等』の名の下に国民を支配しているとしか思えません。あなたにも心当たりはあるのでは? 何かがおかしい。何かが引っかかる。と」
僕は徐々に鮮明になっていく意識の中で、彼の言う事に頷く自分がいることに気付いた。酩酊の果てに鈍り切っていた鼻腔がごみ溜めの臭いを捉え始め、僕は顔をしかめた。
突然、死んだ友達。
死を覚悟した親の気持ち。
幸福を掴むために努力した数々。
何かが。何かが足りていない。何かがおかしい。いつも何かが無い。
「あれ?」
僕の口はそう漏らした。
「気付きましたか」
気付いた。気付いたとも。この制度は不完全だ。そして間違ってる。
「喜びと悲しみは引き換えじゃなかったはずだ」
「私は、政府の間違いを正すべく、人々を扇動してきました」
シンドウは人気の少ない道を選びながら僕を連れ歩いた。その最中、自分の活動について。政府の犯した間違いについて。そして、平等バンドの欠陥について話してくれた。
シンドウの言葉には力があった。人を惹かせる力が。まさに扇動者としてふさわしい姿であった。
「政府に仇なす新派はみるみる内に増えていきました。今では日本に潜伏している新派はおよそ二万。今は便利な時代です。インターネットを使えば自分の主張を光の速さで広めることができる。素晴らしい時代です」
僕は彼の話に聞き入った。彼の言う全てが正しいと思えた。
一通り彼の話を聞き終えた僕は、彼が次の話を切り出す前に口を開いた。
「僕を……僕をその新派の仲間にしてくれないか」
シンドウはその言葉を待っていたかのように笑顔を見せた。
「……では、早速一週間後に活動があります。場所は、国会議事堂の前。時刻は、早朝五時からです。お忘れなきよう」
そう言ってシンドウは僕に紙袋を渡してきた。
「これは?」
僕の問いに、彼は笑顔で答えた。
「折り畳みナイフです。万一の備えに。護身用とでも思っておいてください」
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