喜びの代わりに悲しみを。悲しみの代わりに喜びを。
水村ヨクト
第1話 死と交換される命
友達が死んだ。予期せぬ事故だった。でも、僕は大して驚きはしなかった。ただただ、申し訳ない気持ちでいっぱいで。だって、僕は結婚したばかりの
喜びと悲しみは引き換えだ。「喜び」を感じた分、「悲しみ」がやってくる。そんなクソみたいな時代なのだ。貧富の格差。男尊女卑。人種差別。パワハラ。いじめ。そして少子高齢化。全てを解決するために、政府が科学力を結集して作った「平等バンド」は人の幸福度を測ることができる。もはや神の御業に近いその科学は、人の運命すら操作することができるのだ。
平均幸福度は百。バンドには常にそう表示されているべきなのである。上下十以上の誤差がある状態で一か月が経過すると、重罪に当たり死刑になる。最も、そうなるのはバンドに改造を加えたりする輩だけなのだが、そんなことをする死にたがりはほとんどいない。
しかし、まさか友達が死ぬだなんて思わなかった。僕が命を授かった時点で、引き換えに僕の大切な人の命がなくなるとは分かっていた。身近な命の誕生は幸福度としてプラス八十。それに対し大切な命を失うことはマイナス八十。ちょうどプラスマイナスゼロなのだから、そうなるのが自然だ。
子供を作るとき、両親と相談したのだ。とても長い時間、相談した。両親のどちらかの命と引き換えに、子供を授かるか否か。いつかその決断をしなければならないことは分かっていた。分かっていたのだが、それでも辛かった。
「いいのよ。私ももう、しんどいから」
母はそう言った。父の看病が、母にとってはもう限界に来ていたからだろう。父は不治の病を患っている。所謂植物状態の父親は、いつ死んでもおかしくないらしい。
子を授かるには、大抵親の命と引き換えなのだ。そういう社会となった。お陰て少子高齢化も改善に進んでいるが「祖父母」「孫」という概念が消えつつあるということは少し悲しいものがあった。
だから、僕も「子供を授かるという喜び」の代わりに「父が亡くなるという悲しみ」がやってくるとばかり思っていた。だが、それは間違いだった。
「異例中の異例だよ。親じゃなく友人の死で交換されるなんて」
「……ああ。なんでこうなっちまったかな」
僕は居酒屋で同僚の
「あいつの家族にはどんな喜びがあったんだ?」
家族を亡くしたのだがら、相当の「喜び」があってもいいだろう期待したのか、岸は少し声を張った。
「不謹慎だぞ。まぁ、なんか難病だった妹が一命を取り留めたとかなんとかって」
僕は胸糞悪いのを洗い流すつもりでビールを胃に流し込んだ。余計に気分が悪くなった気がした。今日は良く酔える気がしない。
「調子悪そうだな。家で子供が待ってるんだろ」
こいつは本当に不謹慎なやつだ。そう思いながらその岸に返す言葉を探す。
「複雑な気持ちだよ。うん。ほら、バンドもちょうど百だろ」
僕は岸に自分の幸福度バンドを見せた。
「本当だ。ぴったり百。にしてもすごいな、科学技術ってのは」
何かこいつは話の本筋からズレた発言をよくする。……だからこそ、こいつといる方が、他の奴らといるよりマシなのかもしれない。
「……でも、まだまだだろうよ。その科学技術ってやつも。『親じゃなくて友人だった』っていう付加的な悲しみと引き換えの喜びがやってこないんだから」
「些細な喜びなんて、気付かないもんだろ」
些細。些細なものか。僕がどんな思いで……。
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