第163話「追跡者」

「ぐっ!」


「次は逆の足を射抜く。この乱戦の最中さなかで両足の自由を奪われる事が意味するのは何か、それくらいお前にも理解わかるだろう?他の者も聞け。今の俺になさけ容赦はない。死にたくなければ失せろ」


 慶一郎けいいちろうが脅すと行く手を阻んでいた破落戸ごろつき達は負傷した仲間を連れて白煙の中に消えた。


「…これでこの辺りに人の気配はなくなった。少しくらいとどまる猶予はあるだろう。おたま、手当てを頼めるか?」


 お珠とは喜助きすけが救った芸妓の女の名である。


「わかったわ。ところであなたいったい何者なの?」


「何者とは?」


「そのままの意味よ。あなた少しおかしいわよ。会った時は礼儀正しいお武家様かと思ったのに、戦う時はまるで得体の知れない化物ばけものの様に見えるわ」


「お前な、その物云いは…」


「構わん。俺はそれだけの事をしているのだからな」


「その言葉遣いも妙なのよ。なんかわざと無骨な言葉を選んでる気がする。私としてはさっきの丁寧な言葉遣いの方があなたに合っていると思うわ」


 お珠の指摘は正しかった。

 今の慶一郎は所作も言葉遣いもジンとして振る舞っている。そしてそれは慶一郎にとってそれは自分自身の言葉遣いや態度ではない。普段が自然と云うならばジンとしての振る舞いは不自然と云ってもいい。

 お珠は直感的にそれを見抜いていた。勿論、その直感を後押しする要因として喜助を助けた際の慶一郎を見ている事が影響しているが、この見抜きはまさしくと呼べる直感であった。


「助言として受け取っておく。…喜助きすけ、俺は一旦この場を離れるが呉々も油断するな」


「…わかった。お前も油断するなよ」


 喜助は慶一郎がこの場を離れるという事の意味を一瞬で悟った。

 そして、慶一郎は喜助の弓矢を自らの刀に持ち替えて今来た道を引き返していった。


「…なんでよ?」


「あ?」


「なんであの人は怪我人あなたを放って戻っちゃったの?」


「ああそれか。たぶん誰かが俺達をつけてたんだろ」


「たぶんって」


「お前もあいつの戦闘たたかいを見てなんとなくわかってんだろ?あいつは人の気配とか動作とかそういうのを感じ取る能力ちからが俺達とは比べ物にならねえんだ。そのあいつが俺を置いてくって事はそれなりの理由わけがあるってこった。もしかしたら俺達がいたら足手まといになっちまう様な強敵やつがいんのかも知れねえな。…っと、そんな事よりえびらくくってある袋を取ってくれ。そこに薬草が入ってるからよ」


えびら?」


「矢が入ってるやつだ」


「ああ、これね」


 喜助はお珠と共に自身の創傷けがの手当てを始めた。

 一方、喜助達の居る場所から二十数歩離れた所まで歩いた慶一郎はそこで立ち止まって口を開いた。


「いるのはわかっている!姿を見せろ!」


 慶一郎がそう云うと、白煙の中から二人の男が現れた。


「キキキ、まさか」


「気づかれていたとは。ククク、これは」


「楽しめそうだ」


「同じ顔に同じ声で二人交互に喋るとは妙な真似をするな。お前らは奇術師のたぐいか?」


 現れたのは二人共に刀を逆手に持った双子だった。

 一人は右手に、もう一人は左手に刀を持っている以外に二人に差違ちがいはなく、一見すると一人の人物が鏡写しになっている様だった。


「我等は武蔵むさし様の直属の弟子」


「我等は共に武蔵流の五代目を襲名している」


(二身一体の戦法か。これ迄の破落戸ごろつきとはが違うな。だが、感じていたのはこいつらの気配ではない。もっと魔訝まが魔訝まがしい何かがいた筈だ…しかし現在いまはその気配は感じない。となるとそいつはどこへ……)


武蔵むさし直弟子と聞いて見逃すのも気が引けるがこの場は見逃してやる。二人共詩にたぬなくばさっさと消えろ。俺が呼び掛けたのはお前らでは…ッ!?」


(来た!)


 慶一郎が双子へ立ち去る様に云っている最中であった。

 立っていた双子の男達はまるで折り畳まれるかの様に頭から地面へ向けて押し潰され、一瞬にしてものを云わぬにくかいへと変貌した。


(凄まじいな…生きている人間を頭から押し潰すなど義太夫ぎだゆう殿でも出来るかどうか…いや、仮にそれが出来たとしてもこの者の様に瞬時には不可能だろう。紙でも押し潰す様に人間を潰しるこの者の膂力ちから義太夫ぎだゆう殿を凌ぐ。だが、この肌の色…この者は……)


「…お前は何者だ?」


「………」


 双子がいた場にはが立っていた。

 身形みなりだけでなく肌も黒いその男は慶一郎の問いに答えず、ただ真っ直ぐに慶一郎を見据えていた。

 慶一郎を見据えるその瞳は宝石の様に

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