第141話「女であるが故に男に…」
そして、慶一郎は自身が女である事を認め、決して男になれぬ事も
『男も女も関係ねえ!』
(
不意に喜助の声が聞こえた気がした。
面と向かって「仲間だろ!」と云ってくれた喜助の声は慶一郎の
そして、その言葉を思い出した慶一郎はゆっくりと口を開いた。
「……そうだ。私はジンではない。そして、男でもない」
「む!」
「なにいっ!?」
「なんと!?」
慶一郎は初めて他人に自らの
斬ると決めた者や間も無く死ぬ者には同じ行為をしてきた事もあったが、
「まさか…お前ほどの
「無論ない。まるでマジムンに化かされておる
「だろうな。或いは数年待てばそんな女が出来るかも知れんが…いや待て。ジン、よもやお前は俺達を謀ろうと…」
「
「む!」
「
慶一郎は儀間の言葉を遮って名乗った。
慶びと書いて慶。
それは、甚五郎と
「そうか!
その名を聞いた寧破が嬉しそうな声を出しながら慶一郎に抱きつき、そのまま力強く抱き締めた。
抱擁の理由、それは慶一郎の性が女であると聞かされた時に儀間や象山よりも寧破が強く驚いていた理由と
(この感触にこの気配…そうか。
「やめんか
「親方よ。暫く
象山が寧破を
この時、儀間は敢えて象山のことを
その理由は、象山が儀間と寧破と共に倭国へと渡る際にけじめとして士族を抜け、同時に親方の号も返上したのにも拘わらず、寧破は常に象山を親方と呼び続けている事を思い出させると共に寧破自身の心情を意識させる為であった。
「
「くく、
「ぬかせ!
「!!…
象山が血を吐くと寧破は慶一郎から離れて口を濯ぐ水と桶を持ってきた。
「掃除するのは俺なんだからあまり汚さないでください!酒も程々に!」
「ぬかせ!こんなの怪我のうちには入らんわ!三日で治る!ごばっ…ぬぐう!」
「
象山は吐血を繰り返しながら酒を呑み、寧破はそれを制止しつつ飛び散った血を水で濡らした手拭いで拭き取っていた。
「ジン…いや
象山と寧破が押し問答している最中、儀間が慶一郎に話しかけた。
姓は
烈士
儀間は闘士として自由であるが故に戦よりも純粋な
そして、闘士としての矜持を忘れる事はないが故に
「この場は
「そうか。ならば
「ふっ、それは誉めているのか貶しているのかどちらなのですか?何れにしてもこれが私の
「だろうな。…
「その様ですね」
抱擁時に既に寧破が女であると気がついていた慶一郎は唐突に明かされた事実に驚くこともなく受け入れた。
「
「それで、あの
「ああ。…
「………」
寧破は女でありながら圧倒的な武を体現する慶一郎の様になりたかった。しかし、幼少時から象山の指導を受けるも儀間や象山には一度も勝てず、他の男の闘士にも負ける方が多いという日々を過ごす中で迎えた十五歳の夏、寧破は自らが女である事実とそれ迄頑なに女である事を否定し続けた自分自身の限界を知った。
寧破はその夏、初めて駆り出されると思って準備していた戦に置いていかれ、男達が戦場で
だが、寧破はその婚礼の場で自らの髪を剃り落とすとそこから力付くで逃げ出し、そのまま姿を眩ませた。髪を剃ったところで寧破の生まれ持った性に対する周囲の認識が変わるわけではなかったが、自らの性を恨む様に無造作に剃り落とされた寧破の髪の毛には鮮血が混じり、その行為に対する寧破の想いが込められていた。そして、その行為に込められた寧破の無念を感じる事が出来た男は唯一人、儀間のみだった。
儀間は戦から帰還したその日に寧破の行為を知り、その行為に秘められた真意を悟った。
「寧破は男になりたいが故に強さを求め続けている。そしてその
儀間は、自身の儀間一族と象山の一族の関わりが深いことから幼少時より寧破を知っており、寧破が自身の性に
だが、戦から帰還した儀間は寧破の件を知ると自身のやさしさが寧破の中にある男になりたいという願望をより強め、女である寧破を苦しめていたと知った。そして、儀間は婚礼以後琉球本島内を逃げ回っていた寧破を捜し出すと、寧破が女に生まれた証となる行為を行った。
儀間は寧破を力付くで抱いた。
女に生まれた事を恨む寧破を儀間は犯し、女である事実を示した。その上で儀間は「これでもお前は女ではないのか?」と訊いた。その問いに寧破は「女で何が悪い!?俺は男になりたいんだ!」と力強く答えた。
力によって寧破を抱いた儀間はその翌日、寧破と共に婚礼相手の家へと行き、近い内に自身が寧破を連れて倭国へ渡る事を宣言すると直ぐにその準備を始めた。無論、寧破の両親及び婚礼の相手の一族はこれに反対したが、儀間の武に敵う者はなく、その申し入れは力によって通された。この時、力ではなく心によって儀間と寧破の倭国行きを受け入れたのは象山唯一人だった。
象山は寧破の想いも儀間の想いも
寧破の想い…寧破が男になりたいと願った
寧破は象山をも上回る儀間の強さに憧れ、儀間を慕い、儀間を愛していたが故に男になりたいと願った。
儀間と寧破の
だが、寧破が女の
そして、二人はたった一夜だけ男女として過ごし、共に歩む新たな
「
「…どうした?」
「いえ、何でもありません」
慶一郎はある事を訊こうとしたが思い止まった。
『あなたは、
寧破を視る儀間の視線に慶一郎はそう感じたが、それを
それからすぐに象山と寧破が再び会話に加わり、四人は暫く語り合った。
そして、陽が傾き始めた頃…
「……私はそろそろ戻ります」
「そうか。
「そうですね。叶うならば味方として出会いたいものです」
「くく、俺は敵同士でも構わんが?」
「
「気に入られたと云ってやれ。そうじゃろう、
「さあな。だが俺は強い者は嫌いじゃない。それは
「
「む!ワシはどうした?ワシも好きなのであろう?」
「くく、残念だが衰えた者に興味はない」
「なんじゃと!…ぐっ!」
「ふふふ。
慶一郎はこの日、偶然の出逢いによって父である甚五郎の出生を知るに至った。
そして、女として生を
この日の出逢いは慶一郎に自身の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます