第140話「女として男に…」

「父はまるで自らの死場所しにばしょわきまえているかの様に俺を生かして死んだ。…俺自身はその瞬間を視てはいないが、最期まで父らしくあり続けただったらしい」


 象山しょうざんの話を聞き終えた慶一郎けいいちろうりく立花たちばな甚五郎じんごろうと名を変えていた事を明かし、甚五郎が死んだ日に敵の刺客に紛れていたうしおから聞いた甚五郎の死様しにざまを語った。


「そうか…りくはヌシを生かして死んだか。りょう同一おなじじゃな…」


「…りょう殿はいつ頃?」


りくが無事に海を渡ったという報告があって間もなく死におった。のち徳本とくほん殿が明かしたのだが、りょうは伝染性の病を患っている兆候があったらしい」


「そうか…」


りょう殿、あなたはもしやその病を伝染うつさぬ様に父を…)


 諒は結核を患っていた。

 漁師である諒の夫、かいが異国で伝染うつされて持ち帰ったその見えない敵を諒は自身の体内に封じ込め、死ぬ前日になって突如喀血かっけつすると翌日に息を引き取った。発症したのは陸を身籠る以前であったにも拘わらず諒は結核による症状を気力で抑え込み、肺だけでなく全身の至る所を結核菌に害されながらも死ぬ間際までその兆候を殆ど見せずに死んだ。それ故に医師である徳本以外は諒が病であるという事実を知ることすら出来なかった。

 死ぬ間際まで気力で病を抑え込んでいた諒の最期を看取った象山は、意識を失う直前まで笑顔を絶やさなかったそのすがたに強さと凛々しさを覚えると共に周囲の人々への愛を感じた。自身を蝕んだ病を決して周囲へは伝染させないという想いと自身の体調の事で心配をかけさせまいとする気丈さ、その諒のすがたが象山にを守らせた。

 約束とは、象山が諒と初めて逢ったあの日に重明じゅうめいと交わした約束であり、儀間一族と共に集落をまもるという内容だった。

 琉球王国では日本同様に権力者へ土地を与えて管理させる制度があり、その場所に集落がある事は土地の管理者すら知らなかったが、領地分配による取り決めでは諒の生まれ育った集落がある土地は国によって定められた管理者が存在していた。

 だが、重明は陸が琉球から旅立ったあの日、見送りに行かずに当時の琉球王であるしょうげんに謁見し、それまで自身が有していた領地を返上した上でその存在を隠していた集落及びその周辺の土地を儀間一族と象山による共有の領地として認めさせ、自身の統治下に置いた。これは、重明と象山のによる庇護だった。

 当時の琉球本島に於いて王朝の庇護下にある首里城周辺の統治は見事なものだったが、王朝の管理が行き届かない地域では略奪や民同士の小競り合いが絶えず発生していた。しかし、烈士として名を知らぬ者がいない重明とその一族、更には重明に次ぐ二代目烈士となる象山という比類なき武を持つ者の管理下にある土地に暮らす者へ略奪などを行う事、それは即ち、比類なき武を持つ者へ対する宣戦布告に等しかった。その為、この日を境にしてその土地は首里城周辺以外では異例とも云える程に平和な地域となり、その平和は重明がこの世を去っている現在も維持されている。

 かつては重明、現在は象山という権力者おおものの存在がその集落を護り、如何なる侵略も許していないのである。


「……ジン、お前真実ほんとうはなんて名だ?」


 象山と慶一郎のやり取りをただ黙って聞いていた儀間ぎまが慶一郎に名を訊いた。

 だが、慶一郎は何も答えなかった。否、儀間の言葉にどうべきかを決め兼ねていたが故に答えられなかった。


「なぜ何も云わぬ?ジンというのは本名ではあるまい。ジンとは立花たちばな甚五郎じんごろうのジン。お前の真実ほんとうの名はジンではないのだろう?お前ほどの男が名を偽るには相当な原因りゆうがあるだろうが、名くらいは教えても構わんだろう?俺達を信用出来んとは云わさんぞ?」


「ふっ、信用しているに決まっている」


(お前ほどの男、か………ふふ、私はまた男に嫉妬している。私が真実ほんとうに男であったならばと考えている…)


 喜助きすけ信繁のぶしげうしお義太夫ぎだゆう又兵衛またべえうつろ、そして、義兄あにである秀頼ひでより

 僅か数カ月という短期間で次々と出逢った男達、その男達による熱い想いが慶一郎に「…」という想いを抱かせていた。更に、この日出逢った男達に対しても、その男達の内の一人から聞かされた昔話にも、自分が女ではなく男であったならばどれ程によかったか、慶一郎は心底そう感じていた。

 慶一郎は女でありながら男として生きてきた事をが故に、真実ほんとうの男ではない自分と男達との差違ちがいに嫉妬していた。

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