第139話「尚陸」
その日、光と闇が混じり合う黎明時の琉球の空に突如、轟音を放ちながら光輝く龍が天へと舞い上がった…
それは、龍などではなく、明け方の雷による自然現象、そう結論付けるのが当然の
だが、或いはその現象は…
凄絶な
天に輝いた光が地を染め、
そして、龍が舞い上がった東の空から陽が昇ると同時に一人の男が琉球で誕生した。
その男は自らを隠し子と明言して密かに育てた者を実父と
男の名は…
「───あれは不思議な光景であった…あの日、ワシら四人は夜通し酒を喰らっていた。そして、もう間もなく子が生まれそうだと知らされて
「ああ…」
(そうか、父上は…)
象山は
琉球王朝の根幹を揺るがし兼ねない第一尚氏の血を継ぐ者が誕生してから十日後───
象山は諒と共に琉球本島の北端へと来ていた。
その理由は倭国へと帰還する徳本と宗易を見送る為だった。
「
「…私は
「そうか…辛いでしょうな」
「心配はいりませんよ、
「海もな」
「ええ、
「そうか…」
悲しそうな
その赤子は、逃げ延びてから百年
男は
剣聖を師とした正統な剣術に加え、世間に知られぬ暗殺術と琉球闘士の秘技を組み合わせた闘術を身に付けた男は、その唯一無二の
女の名は
千代は武家にとって凶兆となる双子として生まれた為に姉妹二人で一人の人物とならなくては生きられなかったが、男は千代に絡まった宿命を断ち斬った。
千代を宿命の渦中から救いだした男は千代と婚姻を結び、名を
宿命の子、
「あなたは強いな…
「
「
母とて泣きたいときは泣けばよい…
この徳本の言葉が諒の
それまでは無理に作った偽りの笑みを浮かべていた諒の
「
「うむ。よい
「はい。実によい
「無論、わしのことだ」
放浪斎…これは、数年前に諒が付けた徳本の号の一つである。
史実に於いては知足斎の号が有名だが、徳本は幾つかの号を使用していたとされ、この放浪斎は放浪癖がある徳本にとっては云い得て妙な号である。
「しかし
「ほ?何を今更…お主に頼んだ時に子を引き取って海を渡ると伝えたであろう?」
「生まれて十日の赤子とは聞いておりません。沖で大きな船に乗り換えるとはいえ赤子が海を渡るのはあまりにも…」
「大丈夫です」
諒は赤子を連れて海を渡る行為の危険性を説く宗易の言葉を遮った。
そして、海を見つめた後で赤子へと視線を移して話を続けた。
「この子の父は
「カイ?この子の父の名はカイと申すか?」
「ええ、
諒が語りかけると赤子は微笑みに似たやわらかな表情を見せた。
これこそが立花甚五郎の生来の名である。
「嵐が来そうだ…
「
「…では、最期にもう一度だけ……」
そう云うと諒は陸を抱いた。その諒の姿は
母である諒にとって子の陸と別れるのが辛くない筈がなかった。
だが、諒は自らの子の
「
「
諒が云った最期という言葉に対し、宗易は「今は離れ離れになろうと何れ時が経てば再び会う事も不可能ではない。決して今生の別れではない」と云おうとしたが徳本がそれを制止した。宗易は自身の言葉を遮った徳本の悲しげな眼を見て諒が最期と云った
諒の
宗易はそれを悟った。
諒は自身がまだ子を宿した事実を知る以前に直感的に自身が子を宿す事を感じ取り、同時に自身の死期が近いことを悟った。そして、この旅立ちの日より凡そ
重明と徳本はその提案を受け入れ、子が生まれた時には必ず実行すると約束した。
その約束の日は、諒が予感した通りに早々に訪れた。
「………
自由に育ててください。
諒は陸を抱きながらそう云ったつもりだが、その声は最後まで発せられず、それを聞き取れた者はいなかった。
そして、諒は最後に陸の
生まれてから十日という短い期間しか共に過ごせなかった我が子を抱きながら、生まれてくる前に我が子と過ごした日々を想った諒は…
『生まれてきてくれてありがとう。父と母はいつでもあなたを想っています』
諒は陸へそう囁いた。
それは、感謝の言葉であり、愛を伝える言葉であった。
まだ言葉を理解する事の出来ない陸へ父母の想いが伝わる様に願いながら囁いた。
こうして陸は倭国へと渡り、宗易の隠し子となった。
宗易が陸を正式な義子でなく隠し子としたのは、宗易自身が商家生まれの茶人であった事に起因している。
宗易は陸を敢えて隠し子とした上で
だが、時が来た際に当の陸に武家となる気がなく、本来は存在していてはならぬ隠し子という
陸は信長と初めて逢った際、信長から「名無しでも構わぬが、
琉球王家の血を継いだ尚陸という男が運命の巡り合わせを経て立花甚五郎となり、同じく血の宿命を背負って生まれた立花慶一郎を育て、そして死んだ。
慶一郎が甚五郎に剣を学んでいた事で象山の放った琉球王家の秘技を打ち破り、それによって甚五郎自身も知り得なかった甚五郎の正式な出生がここに明らかになった。
それは、甚五郎と慶一郎の剣が紡いだ運命と宿命の邂逅が
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