第138話「第一尚氏の子孫」

 重明じゅうめい徳本とくほんはこれ迄ずっと隠していた秘密を象山しょうざん宗易そうえきに全て明かし、第一尚氏の血を継ぐ者と交わした約束を果たす為には二人の協力が不可欠であり、間もなく訪れる約束の時が来た際には協力してくれと伝えた。

 宗易は徳本より第一尚氏の事までは伝えられずとも約束について聞かされた上でこの集落へと来ていた為、多少戸惑いはしたものの当初の予定通りに事を進めると約束した。

 一方、重明からこの件について何一つ聞かされることなくこの場へ連れてこられ、闘士として武を以て戦場に生きるだけが生甲斐いきがいと考えていた象山にとって、今回の件は何もかもが想像すらしていなかった話であった。しかし、それでも象山は「例え何も聞かされずとも士父シフに協力を求められたならば従うのは当然だ。いや、士父に協力を求められるなど滅多に無い珍事だ。我士は喜んでけよう」と云って協力する事を約束した。

 それは、象山が士父である重明を崇拝しているが故の了承ではなく、重明を信頼しているからこその了承だった。


「ここだ。彼女は中にいる」


 重明と徳本がこの日より凡そ十月とつき前に約束を交わした第一尚氏の血を継ぐ者、その約束の相手は女だった。

 そして、交わした約束には女がその身に宿した新たなる生命いのちが関わっていた。


「…入るぞ」


 そう声をかけると中から「はい」という返事があり、重明はそれを確認した後で家の戸を開けた。

 そこには、琉球人としては珍しいと云って相違ない程に白く透き通った肌に月明かりを浴び、琉球人らしい力強い漆黒の髪を風になびかせた美しい女がいた。

 女の腹部は大きく、宿している新たな生命いのちの誕生が間近に迫っている事が見てとれた。


「息災であったか?」


「ええ」


 徳本の問いに答える女のその声は、肌同様に透き通っていた。


「間もなくか?」


「はい、三日以内だそうです」


 重明の言葉に女はやさしく微笑みながらそう云った。


「名は決まったか?」


「やっと決まりました。三月みつき前、私の愛する人が…この子の父親が生命いのちを落としてからずっと熟孝かんがえ続け、一昨日やっとです」


「そうか、やっとか」


「なんという名だ?用いる字も決めておるのか?」


「既に名を系図にしたためてあります。ですが…ふふ、この子の名と用いた字は生まれた後にお教えします」


 語り合う重明と徳本、そして女の眼差しはあたたかかった。

 象山と宗易は暫くの間、その様子をただ黙って見守った。

 女の名はりょう。正式名はしょうりょう

 第一尚氏の血を継ぐ者である証として密かに尚の姓を受け継ぎ、かつて一族が王であった事への矜持を忘れぬ為として、女は生来より姫という号を持っていた。

 この地へと逃げ延びた第一尚氏の娘から数えて五代目となる子孫の諒を含め、この地でこれ迄に生まれた四代の子孫は皆が女であり、そのことごとくが姫の号を持って生まれ、として育てられた。

 そして、その娘達は十五歳になると集落の中にいる同年代の一番勇敢な者と婚姻を結び、跡継ぎを遺してきた。

 しかし、最初に逃げ延びた娘を含め、第一尚氏の血を継ぐ娘達は、跡継ぎが誕生すると一年足らずで早世した。

 それは、婚姻を結んだ男もまた同様であり、ある者は子が誕生したその日に…ある者は子を生んだ娘と同日に…ある者は子が生まれる前に生命いのちを落とした。

 子の誕生から一年を待たずに父母が共に世を去る為、第一尚氏の血を継ぐ者、その一族は子孫誕生からの一時期を除き、ただ一人のみが世に存在する状態が常だった。

 決して繁栄せず、決して拡がらず、決して外へ出ることなく引き継がれてきたその血脈は、それでも決して跡絶える事はなかった。

 そして、二人の琉球人と二人の倭人、四人の男達がこの集落へと到着した翌日の夜明け前、第一尚氏の血を継ぐ者が誕生した。

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