第127話「真と偽」
「
「…
(この子は…!?)
自身の意図していないその発言に怒りにも似た感情を抱きいた早雪は思わず喜助を睨み、その早雪の眼を視た早百合が心配そうに云った。
慶一郎はその瞬間の反応から早百合の心情を敏感に感じ取っていた。
発言した喜助もそれに反応した早雪も気がつなかったが、喜助が発言したその瞬間に早百合はそれを自身で受け止めるよりも先に早雪を視ていた。その眼差しには早雪を想う早百合のやさしさが込められていた。
早百合が誰よりも慕う潮が明国へ行ったという話を聞いたのであれば、通常ならばその真偽を確かめるのが当然である。即ち、喜助へその話をしたという早雪に真偽を問う。
だが、早百合は確かに早雪を視たものの、その視線は真偽を確かめる為に送られたのではなく、喜助の言葉が放たれた瞬間の早雪の眼の鋭さを心配した思い遣りが故であり、早百合は即座にそれを言葉として早雪に送った。
この一連の早百合の反応から慶一郎はある
「え?あ…ああ、心配するな
「そっかあ、よかった!……それにしてもナイショの仕事でミンコクかあ…ミンコクって遠いんでしょ?」
「まあな。こっから明国まではかなりの距離があるな。行くだけでひ…
「そんなに遠いの!!?…じゃあまだ
「今頃は海の上だろうな。一面海に囲まれて空でも見上げてんじゃねえかな?」
「へー、一面海かあ…」
「ああ。海を渡って山を越えて、そうして明国に着いたらナイショの仕事をやらなきゃなんねえから、帰ってくるのは何年も先になるかもな」
喜助は尚も自身を避難する様な反応を示している早雪を他所にして早百合との会話を続けた。
「そっかあ……
「
「ひとりなのにひとりじゃないの?」
「ああ。いいか
「???」
喜助が早百合の手をとって外へ出ると後を追う様にして慶一郎も早雪もそれに続いた。
この時、早百合の口調や態度からは強がりや自尊心によって飾られた尊大さも早雪を尊敬するが故の
「
喜助は地面へ背を着けて寝転がった。
「こうやって
「………」
早百合は瞼を閉じた
喜助と早百合の二人は土に汚れる事も気にせず、背にした土の感触とぬくもりに地の広大さを感じ、全身を貫かんとする程に降り注ぐ
「……
「おう。
天と地と人、即ち
天地人とは、天と地と人によって世の万物を表す言葉とされていると共に、天運と地運と人運を兼ね備えた者こそが唯一無二の存在という意味もある。しかし、喜助にとっての天地人はそうではない。
天と地が
人間である事は天と地に包まれているという事であり、人間は皆が同じ様にして天地と共に存在しているという事である。
喜助はそれを早百合へ伝えたかった。早百合にそれを感じて欲しかった。
そして、早百合はそれを感じた。喜助の想いは確かに早百合へと伝わっていた。
「…
「どうした?」
「ありがと…アタシ、がんばるよ。もう逃げない。スリや物盗りもしない。この村でアタシが出来る事をがんばる」
「そうか。頑張れよ。きっと
「うん…」
天と地と人のやさしさが喜助と早百合を包んでいた。
「…
不意に慶一郎が耳打ちし、自身と共に何も云わずに喜助と早百合による行為を静観していた早雪とその場を離れた。
「
「…
「!!!」
「
「そんな…では
「恐らく、ここにいる大人達に不安を与えない為です。そして自身よりも歳下の子達に
慶一郎のこの読みは的中していた。早百合は既に潮の死を知っていたのである。
だが、早百合はそれを周囲の人間に隠しながら自身は何も気がついていない様に振る舞いながらこの一月
早百合は掏りや物盗りによって得た物を食料や衣類へ交換して村へと戻り、それを潮からの支援物資として皆に与えていたのである。その数は六度。
潮が生きていた頃には多くても月に三度の支援物資が届く事は非常に稀だった。支援物資は基本的に月に一度纏めて届くか、或いは村で作っている米や野菜などが不作の年には月に二度届く事もあった。しかし、月に三度の支援物資が届いたのは飢饉の影響で倖村の住人が一時的に増大した期間のみであった。
だが、この一月余で早百合は六度の支援物資を村に持ってきた。一度に運ばれる量はそれ迄よりも格段に少なくなったが頻度は明らかに増えていた。
これは村の誰よりも早くそれを知った早百合が潮の死を他の者に悟らせない為に
支援物資の量と頻度の変化、物資を届けるのがそれ迄とは異なり早百合であるという事、それらの異常に気がつきながらも大人達は早百合の健気さに心魂を打たれて異常に気がついていない様に振る舞った。大人達は潮の支援が途切れた事に気がつきながらも騙されたふりをしていたのだった。
一部の大人は異常を感じた時点で早百合が物資を調達する際に怪我を負う危険性を考えてその行為を止めさせようとした。しかし、早百合が物資を持ってきた時に村人に見せた笑顔がそれを阻んだ。
昼の太陽の様に眩しく、夜の月の様に明るい早百合の笑顔に対して大人は何も言えず、ただ早百合の
「ですが
早雪はその続きを
あまりにも辛い…
その一言を
それは早百合本人が一番辛い想いを抱いていると
「
「…
重苦しい雰囲気を破る早百合の誘いに慶一郎は手振りで応えながら早雪へ訊いた。
その問いは、早百合の誘いに対する答えを求める問いではなかった。
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