第128話「信と欺」

早百合さゆり、見送りはここまでで構わないから村へ戻れ。村の事はお前にぞ」


「はい!アタシにドーンと任せてくださいです!…じゃなくて、アタクシに任せてくだされば心配ございませんです」


 早百合は早雪さゆきの「任せた」という言葉に胸を張って答えた。

 空がまだ瑠璃色に染まりかかった七月五日の早朝。

 慶一郎、喜助きすけ、早雪の三人は思わぬ再会を果たしたしあわせ村に半日だけ滞在し、早朝に三人揃って京都へ向けて出発した。

 その際、他の村人がうしおの時と同様に農作業などを優先して村の中で見送りを済ませたのに対し、早百合はただ一人で村から離れた峠の入口まで三人を見送りに来ていた。


早百合さゆり、この際だから云っておくが、お前その話し方変だぞ。普通に話せ普通に」


「うっさいなあ喜助きすけちゃん。早雪さゆきねえさまの前でフツーに話せるわけないじゃん」


「ふふふ」


「あっ!けいちゃん今笑ったな!?それどーゆー意味の笑いでございますですか!?」


「だからその口調止めろっての。つか何で俺に対してだけ普通なんだよ…」


「なんでって、喜助きすけちゃんとアタシは深い仲なんだからの気遣いムヨーじゃん?」


「はあっ!?」


喜助きすけ…まさかお前…!!」


「バッカ!ちげえよ!まだ何もしてねえよ!」


「まだ!!?貴様今まだと云ったな!ならばこの先に…死ね!!!」


「うおっ!?バカ野郎!今のはほんの言葉のあやだ!そうやってすぐに刀振り回すな!あぶねえだろうが!くっ!」


「安心しろ峰打ちだ!死んだとしてもやむを得んが殺す気はない!」


「ならなんで死ねっつった!?ふざけんのも大概に…っ!?」


「ふざけてなどいない!私は真剣ほんきだ!」


「あはは、良いなあ二人共。仲良しがいて。…ホントに仲良しでいいな……」


 短刀を抜いて真剣ほんきで追い回す早雪、本気で逃げ惑う喜助、二人の姿を視た早百合は静かに呟いた。


「…私とやってみますか?」


 慶一郎は早雪と喜助を指差しながら云った。


「ムリムリ。アタシすぐ捕まっちゃうって」


「では…私が逃げるので捕まえてください」


「え?あっ!ちょっとけいちゃん!アタシの髪紐返してよ!」


 慶一郎が早百合の髪をっていた髪紐を取ると早百合がそれを追った。一方では喜助と早雪、もう一方では慶一郎と早百合による追合おにごっこが行われていた。


「はぁ…はぁ…けいちゃんはや過ぎるって…なにあの動き…猫じゃないんだからさ……つーかフツーちょっとは加減するっしょ…けいちゃん!アタシまだ十二歳なんだよ!?何歳差があると思ってんの!…はぁ…はぁ…けいちゃんってば大人気おとなげないんだからあー!」


「ふふ、少々大人気ないと云われても仕方がないとは思いますが、何歳差とはせませんね。私と早百合さゆり殿は年齢差はたった四つですが?」


「四つ?四つって四歳、だよね?ってことはけいちゃんは………十六歳じゅうろくううううううううっ!!?」


「うおっ!?どうした早百合さゆり!敵か!?」


「相手は十六人か!?早百合さゆり!お前は一先ず隠れて…ん?」


 早百合が突然発した大声に未だに真剣ほんき追合おにごっこを続けていた喜助と早雪が同時にそれを止めた。

 だが、そこに敵などいなかった。

 周囲の木々に潜んでいた鳥達を目覚めさせる程の大声の原因は慶一郎だった。


「う、うう、ウソでしょ!!?け、けいちゃん十六歳なの!!?ってことは早雪さゆきねえさまより歳下ってこと!?」


「ええ、そうですよ。それが何か?」


「なにかじゃないって!けいちゃんアンタ一体どうなってんの!?アタシはてっきりもっと…」


 早百合は慶一郎の顔を見て言葉をめた。


「???」


「ぶわはははは!遂にこの瞬間ときが来やがったぜ!ぶわはははははは!!」


「こ、こら喜助きすけ!!そんなに笑うんじゃない!慶一郎けいいちろう殿に失れ…くふっ…ふぅ……し、失礼だろう!!」


「無理うな早雪さゆき。お前も早百合さゆり表情かお見ただろ?笑わずにはいらんねえよ。ぶははははははは!!」


「だから笑うな!そんなに笑うと私まで…くくふふ…くはっ!…ダメだ!もう堪えきれない!すみません慶一郎けいいちろう殿!あははははは」


「………」


早雪さゆき殿も喜助きすけ殿も何故笑っているのだ?これは一体…)


 慶一郎は早雪達が何故そんなに大笑いしているのか理解出来なかった。否、慶一郎は理解しようと頭を巡らせたが、自分自身に無頓着な慶一郎はその原因りゆうを見つけることが出来なかった。

 二人が大笑いしているのは慶一郎の年齢が十六歳であると聞かされた時の早百合の反応に起因していた。


『てっきりもっとかと思っていた』


 早百合は「てっきり…」と云った時点で口をつぐんだのでそれは言葉にはならなかったが、端で聞いていた喜助と早雪ははっきりとそれがわかった。

 早百合の言葉、驚いた表情かお、その反応の全てを端で見ていた二人は可笑おかしくて堪らなかった。

 強く凛々しく美しい。

 男装の麗人を地で行く様な慶一郎には屡々しばしば誤解されている事がある。それは慶一郎の年齢についてである。

 容姿こそ早雪や喜助と同様に年齢相応の姿をしているが、達観した言動や態度などから往々にして二十代、或いは場合によっては三十代とも思われていた。

 特に慶一郎よりも歳下の子供はそれが顕著であり、早百合は慶一郎の事を二十代後半と勘違いしていた。それ故に実年齢を知った早百合は驚き、その反応が年齢に対して誤解が生じていると気がついた早雪と喜助はその誤解が可笑しくて大笑いしたのである。


「二人共、一体何があったのですか?それ程に大笑いするなど粗悪な茸でも拾い喰いしましたのですか?」


 二人が粗悪な茸を拾い喰いする筈などないと知りながらも慶一郎は敢えてそう云った。これは謂わば皮肉、或いは自身だけが蚊帳の外に置かれた慶一郎による精一杯の反撃である。


「ぶはっ!云ってくれんじゃねえか!くはははは!」


「くはは…慶一郎けいいちろう殿、本当に申し訳ありません。ですが茸は食べておりません。くふっ…くく…」


「もー!二人共笑い過ぎ!いくらけいちゃんが老けてるからってそんなに笑っちゃダメなんだから!あ、ごめん!今の老けてるは顔じゃなくて言葉遣いとかそういうやつのことだからね!」


「さ、早百合さゆり…お前それ追い打ちだぜ!ぶははは!!」


(なるほど、そういう事か…というか私はそんなに老けているのか??普通にしているだけなのだが……)


 慶一郎はやっと大笑いの原因りゆうを理解したが、自身の言動や態度が老けているという自覚は全く持たなかった。

 そして、暫く笑い合った後に早百合が改めて別れの挨拶をした。


早雪さゆきねえさま、けいちゃん、そして喜助きすけちゃん。アタシは大丈夫だから安心してね。あ、最後にアタシからけいちゃんにものもーす!」


「私にですか?」


「うん!…けいちゃんさ、昨日の夜にみんなで故郷ふるさとの話をした時さ、喜助きすけちゃんはウツロの里ってとこで、早雪さゆきねえさまはシナノってとこ。アタシや村の人達には故郷が無くなっちゃった人もいるけど現在いまはこの倖村がある。でもけいちゃんはルローの旅を続けて来たから故郷と呼べるとこがないって云ったじゃん?」


「ええ。私はもはや天涯孤独みたいなものですし、生まれた土地も育った土地も故郷と呼べる様な環境ではありませんからね。云うなれば西へ東へ流浪るろうするのが私の宿命さだめ…帰る家や故郷を持てぬのは仕方がないのかも知れません」


「ふーん、そっか。…アタシにはサダメとかよくわかんないけどさ、帰るとこがないんだったらいつでもここにいいんだからね!倖村のとしていつでもカンゲーするから!倖村がけいちゃんの故郷帰るとこだと思ってよ!暮らす家も造ってあげるからさ!だから…けいちゃん!」


「!!!…はい。


 いってらっしゃい、いってきます。

 慶一郎にとってそのやり取りは新鮮であり、特別に感じられた。

 自分には帰る場所があり、いつでも帰ってきていいと云ってくれる人がいる。

 自身よりも歳下でありながら村人全員の意思によって新たな村長に抜擢された少女、早百合の言葉が慶一郎をあたたかく包んだ。

 こうして慶一郎と早百合の出逢いは幕を下ろしたのだが…この前夜、倖村は新たな局面へ向けて歩み出していた。

 潮の跡を継ぐ新村長の擁立と潮の支援物資が無くなる事への対策案など、潮への依存から抜け出して真実ほんとうの意味での自給自足へ向けて動き出したのである。

 その際、村に暮らす全ての年長者は歳下の早百合の意を汲むかたちで早百合の云う偽りを信じた。偽りを信じて早百合に欺かれたふりをした。

 偽りとは、喜助が早百合に云った作り話を元とした内容であり、潮とは少なくとも数年間は連絡が取れなくなるという話だった。詳細は知らずとも全てを受け入れた村人は早百合を新村長とした。

 新村長となった早百合は潮が名付けた自身の名、その名に用いられた早という字の由来となった早雪が申し出た月毎の支援を丁重に断った。

 断った理由は意地や反骨心ではなく、自立心にるものだった。その意見に村人達も賛同したが、早雪が食い下がった為、その想いを尊重するという事で飢饉などの有事の際にのみ支援を行うという形となった。

 その夜、潮の創作つくった倖村は潮の手を離れて巣立ちを迎えた。

 そして…


「こんな結末ことになるとはな。ま、早百合さゆりだったらうしおの代わりになんとか上手くやってくだろう。だが、どうも気に入らねえ…部外者が首を突っ込んだ事で倖村の未来これからが定まるなんてよ…立花たちばな慶一郎けいいちろう喜助きすけ、あの二人は気に入らねえ」


 峠を歩く慶一郎達の後を一つの影が追っていた…

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