第128話「信と欺」
「
「はい!アタシにドーンと任せてくださいです!…じゃなくて、アタクシに任せてくだされば心配ございませんです」
早百合は
空がまだ瑠璃色に染まりかかった七月五日の早朝。
慶一郎、
その際、他の村人が
「
「うっさいなあ
「ふふふ」
「あっ!
「だからその口調止めろっての。つか何で俺に対してだけ普通なんだよ…」
「なんでって、
「はあっ!?」
「
「バッカ!
「まだ!!?貴様今まだと云ったな!ならばこの先に…死ね!!!」
「うおっ!?バカ野郎!今のはほんの言葉の
「安心しろ峰打ちだ!死んだとしてもやむを得んが殺す気はない!」
「ならなんで死ねっつった!?ふざけんのも大概に…っ!?」
「ふざけてなどいない!私は
「あはは、良いなあ二人共。仲良しがいて。…ホントに仲良しでいいな……」
短刀を抜いて
「…私とアレやってみますか?」
慶一郎は早雪と喜助を指差しながら云った。
「ムリムリ。アタシすぐ捕まっちゃうって」
「では…私が逃げるので捕まえてください」
「え?あっ!ちょっと
慶一郎が早百合の髪を
「はぁ…はぁ…
「ふふ、少々大人気ないと云われても仕方がないとは思いますが、何歳差とは
「四つ?四つって四歳、だよね?ってことは
「うおっ!?どうした
「相手は十六人か!?
早百合が突然発した大声に未だに
だが、そこに敵などいなかった。
周囲の木々に潜んでいた鳥達を目覚めさせる程の大声の原因は慶一郎だった。
「う、うう、ウソでしょ!!?け、
「ええ、そうですよ。それが何か?」
「なにかじゃないって!
早百合は慶一郎の顔を見て言葉を
「???」
「ぶわはははは!遂にこの
「こ、こら
「無理
「だから笑うな!そんなに笑うと私まで…くくふふ…くはっ!…ダメだ!もう堪えきれない!すみません
「………」
(
慶一郎は早雪達が何故そんなに大笑いしているのか理解出来なかった。否、慶一郎は理解しようと頭を巡らせたが、自分自身に無頓着な慶一郎はその
二人が大笑いしているのは慶一郎の年齢が十六歳であると聞かされた時の早百合の反応に起因していた。
『てっきりもっと歳上かと思っていた』
早百合は「てっきり…」と云った時点で口を
早百合の言葉、驚いた
強く凛々しく美しい。
男装の麗人を地で行く様な慶一郎には
容姿こそ早雪や喜助と同様に年齢相応の姿をしているが、達観した言動や態度などから往々にして二十代、或いは場合によっては三十代とも思われていた。
特に慶一郎よりも歳下の子供はそれが顕著であり、早百合は慶一郎の事を二十代後半と勘違いしていた。それ故に実年齢を知った早百合は驚き、その反応が年齢に対して誤解が生じていると気がついた早雪と喜助はその誤解が可笑しくて大笑いしたのである。
「二人共、一体何があったのですか?それ程に大笑いするなど粗悪な茸でも拾い喰いしましたのですか?」
二人が粗悪な茸を拾い喰いする筈などないと知りながらも慶一郎は敢えてそう云った。これは謂わば皮肉、或いは自身だけが蚊帳の外に置かれた慶一郎による精一杯の反撃である。
「ぶはっ!云ってくれんじゃねえか!くはははは!」
「くはは…
「もー!二人共笑い過ぎ!いくら
「さ、
(なるほど、そういう事か…というか私はそんなに老けているのか??普通にしているだけなのだが……)
慶一郎はやっと大笑いの
そして、暫く笑い合った後に早百合が改めて別れの挨拶をした。
「
「私にですか?」
「うん!…
「ええ。私はもはや天涯孤独みたいなものですし、生まれた土地も育った土地も故郷と呼べる様な環境ではありませんからね。云うなれば西へ東へ
「ふーん、そっか。…アタシにはサダメとかよくわかんないけどさ、帰るとこがないんだったらいつでもここに帰ってきていいんだからね!倖村の新村長としていつでもカンゲーするから!倖村が
「!!!…はい。いってきます」
いってらっしゃい、いってきます。
慶一郎にとってそのやり取りは新鮮であり、特別に感じられた。
自分には帰る場所があり、いつでも帰ってきていいと云ってくれる人がいる。
自身よりも歳下でありながら村人全員の意思によって新たな村長に抜擢された少女、早百合の言葉が慶一郎をあたたかく包んだ。
こうして慶一郎と早百合の出逢いは幕を下ろしたのだが…この前夜、倖村は新たな局面へ向けて歩み出していた。
潮の跡を継ぐ新村長の擁立と潮の支援物資が無くなる事への対策案など、潮への依存から抜け出して
その際、村に暮らす全ての年長者は歳下の早百合の意を汲むかたちで早百合の云う偽りを信じた。偽りを信じて早百合に欺かれたふりをした。
偽りとは、喜助が早百合に云った作り話を元とした内容であり、潮とは少なくとも数年間は連絡が取れなくなるという話だった。詳細は知らずとも全てを受け入れた村人は早百合を新村長とした。
新村長となった早百合は潮が名付けた自身の名、その名に用いられた早という字の由来となった早雪が申し出た月毎の支援を丁重に断った。
断った理由は意地や反骨心ではなく、自立心に
その夜、潮の
そして…
「こんな
峠を歩く慶一郎達の後を一つの影が追っていた…
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