第118話「孤独と自由」
同じ血の宿命を背負う二人は予期せぬかたちで対面し、他の者に介入される事なく二人だけで語り合う瞬間が訪れた。
「……
慶長三年八月十八日に父であり天下人であった
慶一郎は
ほんの少し前迄の秀頼とは全く異なる秀頼自身がそこにいた。
秀頼の肉体は大きかった。
だが、秀頼は遂にその大きく膨らんだ肉体を捨て去り、溜まりに溜まった懊悩を吐き出す瞬間を得た。
「…さてと、未練が強くなる前にやってくれないか?死ぬ日が来るのを待ち望み、君の噂を耳にした時には君にだったら斬られてもよいと思ったが、存外僕も俗物の様だ。やっと訪れたこの瞬間になって少し未練が生まれてしまったよ…」
未練…
確かに秀頼はそう云った。
自身に成り代わって世を安寧で満たす者を待っていた男が未練と云った。生まれて初めて感じた未練だった。
死への未練…即ち生への執着。
秀頼は二十年
この日、秀頼は生まれて初めて自身の死によって
「
慶一郎は訊いた。
自身に対する秀頼の信望、その
立花慶一郎という人物がさも他人であるかの様な物云いをする慶一郎の言葉遣いは既に敬語となっていた。
「君には…
「そん…」
「そんな事あるよ」
秀頼は慶一郎の云おうとした言葉を遮った。
『そんな事はない』
慶一郎は、自分がそれ程に達観した人間ではないと否定しようとした。しかし、秀頼がそれをさせなかった。
「ははは、遮ってしまってすまないね。けれど、そんな事はあるんだよ。生まれながらに柵と不自由に
「………」
慶一郎は何も云わず、秀頼の言葉を聞いた。
秀頼の発する言葉の一つ一つが慶一郎を包んでいた。
「恐らく…君は長い間僕よりもずっと深い孤独を感じていたのだろう。何があったのかはわからないけど、僕よりも若く見える君の
秀頼の云った通りだった。
慶一郎は僅か数カ月前迄は圧倒的な程の孤独に包まれていた。
自身に懊悩し、世の中に懊悩し、生まれた事と生きている事に懊悩し、孤独の中でただ独り生きていた。
だが、慶一郎は運命に巡り合った。
その決断をさせたのは紛れもなく慶一郎自身であり、自らに由った決断だった。
「……
「なんだい?」
「私は本来右利きです」
「へえ、そうなのか。右利きなのに左手で刀を扱うとは珍しいね」
唐突な慶一郎の言葉に秀頼は素直な言葉を返した。
「故あって普段は箸も筆も刀も左手で扱う様にしていますが、右手での剣の鍛練を欠かした事はありません」
「それが、どうかしたのかい?」
「いえ、どうもしません。ただ、私が左よりも右の方が得意である事を伝えておこうと思っただけです」
そう云うと慶一郎は右手で鞘を持ち、納刀した
そして…
「はあっ!!!」
風を斬り裂く様な音の後で何かが地面に落ちる音がした。
運命の日…
時刻は亥の刻に差し掛かっていた時の事だった。
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