第119話「宿命の義兄妹」
カチン…
慶一郎が納刀した音が辺りに響いた。
「…
「………」
「これ迄の死を待つあなたはもういない。落ちたこの
地面に落ちたのは秀頼の首ではなく髷だった。
慶一郎は
「……そうか。僕は、
「はい。羅刹の剣士と称される私がこの手で確かに
「僕はこれからどうすればいい…?」
「自由に」
「自由に、か…はは、僕にとって一番難しい事をしろと云うのかい?」
「しろとは云いません。この先の
「………」
秀頼は慶一郎から突きつけられた自由という
そして、暫くの沈黙の後に秀頼は口を開いた。
「自由に選択するというのはとても不自由なんだね。何をすればいいのかなんてとても思い浮かばないよ」
「そうですか。けれどそれもまた自由なのでしょう」
「はははは、そうだね。何をすればいいのかわからないから取り敢えずは父上を越える為に今から天下人でも目指してみるよ。徳川のおじさんには悪いけど、徳川が統治する
「…きっと、その言葉を皆が待ち望んでいたのでしょう。あなたの家臣も、未だに徳川に迎合せずに豊臣を支える者達も、そして世の中に虐げられる多くの者も。あなたの
「君は
「ふふ、僕なんかなどと云うと叱られてしまいますよ」
「え?君にかい?それとも母上かな?あ、もしかして死んだ父上かな?」
「その
「じゃあ誰なのかな?」
「ふふ。バーンとやっちゃえ、ですよ」
「あっ!!?」
慶一郎は子供の様に澄んだ瞳で秀頼の眼を見つめて優しく微笑みながら云った。
その慶一郎の姿、佇まい、纏う気配に秀頼は驚いた。理由は、優しく微笑む慶一郎の
「に、似ているなんてもんじゃない…まるで生き写しじゃないか!
「バーンとやっちゃえ。…この言葉は、私の母がよく云っていた言葉です」
「なっ!?君はまさか…!!」
「ええ、確証はありませんが恐らくは。…あなたは私の母と出逢い、そしてほんの少しだけ
「な、なんという偶然だ!僕が話したあの人が羅刹の剣士の母上だったとは!」
「…それだけではありません」
「へっ?まだなにかあるのかい?」
「私は豊臣の血を継いでいます。あなたは私の
「!!!」
この
常識的に考えれば天下人の子である秀頼にとって、自身の預かり知らぬ兄弟が存在していたなどという話は到底信じられない事である。しかし、秀頼はこの話を事実として受け止めた。その理由は目の前にいる慶一郎の言葉の説得力と秀頼の母の
「まさか…いやそうか。だから母上は羅刹の剣士の噂話を耳にすると不機嫌になっていたのか。義理の妹が男の名を名乗って僕の座を狙っていると思ったからこそ僕の為に…」
(妹?まさか…)
「
「だって君は女なのだろう?」
「!!!」
(気がついていたのか…!?)
「…いつからですか?」
自分が女であるといつから気がついていたのか、慶一郎は秀頼の「女なのだろう?」という言葉を否定する事をせず、気になった事を気になった侭に訊いた。
「僕と母上の事を平凡と云った時にその可能性を抱いた。いや、最初から少し気になってはいたかな」
「最初から?私に女を匂わせる何かがあったと?」
「そうじゃないよ。君のその姿や低い声は美形な男として十分通じるし、口調も所作も君は何もかもが
「では何故?」
「僕は羅刹の剣士
「……直感的に抱いたほんの少しの疑念、その疑念を忘れずに私を観て、そして私が女であると見抜いた。大した洞察力です」
秀頼には宿命に翻弄された人生の中で培った観察力があった。そして、父親譲りの直感力と母親譲りの
「はは、本人の口から云われると安心するよ。やっぱり君は女で、僕の
「何も問題ありません。私が相手をしないので」
「…だろうね。勿論わかっているよ。ところで、会ったばかりで根掘り葉掘り訊くのは気が引けるけど、一つだけ訊いていいかい?」
「構いません」
「ありがとう。それじゃ訊くけど、君はどうして男として生きているんだい?君の母上に云われたのかい?それとも他の誰かかな?」
「その問いに対する明確な
「…聞かせてくれるのかな?」
「ええ、私の出した
慶一郎は自身の母である
「まさかそんな…いやでも、それならば道理に
「それは違います。あなたのお陰で私はこうして
「
「無論です
義弟というその言葉があたたかった。
出逢ったばかりの自分を義兄と呼んでくれる慶一郎のやさしさがあたたかった。
辛い宿命と向き合って生きる決断をした慶一郎の強さがあたたかった。
すべてがあたたかった。
女に生まれながら男として生き、父親と死に別れてからの四年近くの間は自分より遥かに深く
それは辛いが故に流す涙ではなく、幸せであるが故に溢れた涙であった。
それから二人は慶一郎の育ての父である
その後、
寝所の外で見張りをしていた喜助に声を掛ける前、二人が最後に語ったのは人と人との絆についてだった。
「ふうん…
「私の考えが深いのかどうかはわかりませんが…ほんの数ヵ月前の出逢いがきっかけとなって私はそう考える様になりました。人と人との出逢いによって紡がれる絆は宿命では結び得ない。私はそう思います」
「どんな宿命を背負っていても絆を結ぶのは人同士か…そうだ
「私自身。それこそが最大の絆です」
慶一郎が生きている事、それは紛れもなく人と人との出逢いによって紡がれた絆の証である。
こうして、宿命の
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