第115話「姫ちゃん」
「なにっ!?むうっ!?…だってさ!アハハハ!よかったねキミ達、ボクに殺されなかったお陰で間抜けな反応が出来たね」
音もなく
「…
「否。
「俺の業は互いが互いの存在を認識している状態で隙を衝く業だ。相手の無意識の中に俺がいて、尚且つ
二人は突如現れたその者を見据え、間合を保った
特に又兵衛は、自身の得意業であり
この時、又兵衛は現れた者の
自らを捨て去る…
又兵衛のその行為は、勝てる望みを無くした末の無望な
又兵衛が
その言葉とは、「その気ならキミ達二人はもう殺されてる」という言葉である。
「あ、あなたもしかして…!?」
「ん?ありゃりゃ…キミは
「
「応ッ!」
突如現れた者に姫子が言葉を放った事が合図となった。
姫子の言葉にその者が応えた瞬間に又兵衛と義太夫が同時に飛び掛かった。
「オラァっ!!!」
「ぜあっ!!!」
「フフ、遅いよ……」
「ぬうっ!消えた!?」
義太夫の扱う両手の小太刀による左横薙ぎと又兵衛の右横薙ぎによる同時攻撃はどちらも当たらず、その
「上だ
「残念。もう後ろにいるよ」
「な!?ぐおっ!!」
「又べ…っ!!?ぬぐううっ!!」
二人の攻撃を躱したその者は又兵衛の認識よりも数瞬早く動き、又兵衛が上だと感じて声を発した
「ぐごおあああああああああ!!!」
地鳴りの様な声が辺りに響いた。
それは、義太夫の叫び声だった。
人間離れした
「ぐ…かはっ……こ、このクソヤロウが…くはっ…ぎ…
又兵衛は掌底による一撃により息が詰まらせながらも義太夫の頭を掴むその者へ向けて叫んだ。
徒手による打撃をたった一撃受けただけで呼吸も儘ならない自身の不甲斐なさとほんの数秒
この時、又兵衛は既に悟っていた。
その者と又兵衛達の力量には気概だけでは決して埋まらない程の差があり、この場の生殺与奪の権利は目の前にいる華奢なその者が有している、そう認めざるを得なかった。
殺される…ここが俺の死に場所なのか…義太夫が殺される…それを見せられた後で俺も殺される…死ぬ………
死ぬ?俺が?こんな事で俺が死ぬのか?
死ぬ…俺が弱いから死ぬ…のか?
そうか…どうやら俺は弱かったみたいだな…世間はまだまだ広い…慶一郎とコイツはどっちが
ほんの一瞬未満の出来事だった。
圧倒的実力差を感じ、友と自身がこの場で殺される現実を意識した又兵衛の頭の中に死に対する想いが去来し、又兵衛は死の
そして…
「があああああああ!!!」
「うるさいな。このおっきいのを
又兵衛は手にした刀を投げていた。
それは、身動きが取れない又兵衛が無意識に行った最期の足掻きだったが、その足掻きは思わぬ結果を招いた。
投げた刀は義太夫の頭を潰そうとしたその者目掛け一直線に飛び、結果的には肩を掠めただけで壁へと突き刺さったが、この僅か十秒程前に又兵衛と義太夫による同時攻撃をいとも
その
「……ごちゃごちゃ云わずに
「…キミは死にたがりなのかい?ボクは見逃してあげようとしてるンだよ?」
「要らねえよ、そんな情け。やっと呼吸も整って少し動ける様になってきたんだ。さっさと殺さなきゃ俺は素手でも襲い掛かるぜ?」
「バカ云わないでよ。キミが立って喋るのがやっとな事くらいわかるよ。ボクはね、人間の傷みがわかるンだよ。どこを怪我しているか、どこを患っているか、どこが弱いのか…視ただけでなんとなくわかるンだ」
「そのわりに我輩の事はわからぬ様だな…ぬうんッ!!!」
「
「ぬがっ!!……ぐふ!」
又兵衛と語り合う間に頭を押さえ付ける右腕の力が僅かに弛んでいった事で義太夫は抵抗する力を取り戻し、両手で右手首を掴むと力任せに握り潰そうとした。しかし、その瞬間に義太夫の肉体は宙を舞い、天井へとぶつかって床へ落ちた。
「…フーン、キミもボクを驚かせてくれるンだね。おっきい分だけ他の奴よりチョット骨が
「見下すんじゃねえ!今ここで俺を殺さなきゃお前は俺がこの手で殺す!必ずだ!」
「いや……我輩が……殺す…必ずな……」
「フフ…必ず殺す、必殺か。キミ達には必死の方がお似合いだよ。でもまあ、その言葉は覚えておこうかな。次はキミ達がボクを必ず殺してくれると信じているよ。それじゃボクはもう行くよ。強くなったらまた会おうね。…あ、そうだ。
「あ…ダメ…い、行かないでおね…むぐ!」
又兵衛と義太夫の二人を相手に圧倒的な武を以て格の違いを示したその者に対し、一切の恐れを抱かずに話す姫子の口をその者の左の
「ダメだよ
そう云うと、その者は音もなくその場から去った。
その者が去ってから程無くして又兵衛、義太夫、姫子の三人は宿に起きている異常に気がついた。
宿場町の中にあるその宿にいた全ての人間が三人を除いて
その総数は客も含めて実に二十八人。その者は又兵衛と義太夫に察知されずにこれだけの人数を殺していたのである。
「クソ…
宿の惨状を目の当たりにした三人は一先ず部屋に戻り、死体が発見されて騒ぎとなる夜明け前に宿を発つ事にし、それ迄は
「むはは…視界が揺れ動いて眼が霞むがまだ生きておるわ…だが、ちと頭が痛む。我輩も折れてはおらぬがな……」
「はっ、石頭が幸いしたな。…おいお嬢ちゃん、何者だアイツは?知り合いなんだろ?」
「あの人は
「なにっ!?」
「なんとっ!?」
姫子の言葉に又兵衛と義太夫は二人共に驚きを隠せなかった。それは、姫子の家に関わっているとして二人が探していた姫路が二人の想像していた姿とかけ離れていたからであった。
「あの野郎が
「もっと屈強な人、そう思っていました?」
「うむ。その通りだ。確かにあの者は我輩ですら手も足も出ないほどの
「悪鬼羅刹、修羅の権化…人在らざる者、そう思っていました?」
「…まあな。俺様は噂を真に受けるつもりはねえが、視た者が震え上がると聞きゃああんなニヤケた優男とは思わねえよ」
「
「優男というのはともかくとして、あの無邪気な姿はまるで若い
「
「何って、お前の兄の
「兄として妹を気にかけていた様だが、両親や弟達が殺された事には無関心とはのう…如何に自身が家を出た後に生まれたとは云えども弟は弟であろう…兄失格じゃ」
「
「あぁん?おめえな、今更他人のふりをしても無駄だぞ。こっちもそれなりに調べてあんだ。それに何よりも
「いえ、
「ではなんだというのだ?勿体振らず云うがよい」
「はい。
「!!!」
長坂姫路が女であった。その事実に又兵衛も義太夫も沈黙する
そして、二人は沈黙の中で姫路の抱える秘密と家康が姫路とその実家を闇に葬ろうとした真の
室内には微かにお香の匂いが残っていた。
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