第104話「大坂城潜入」
酉の刻が終わり、夜の闇が辺りを包んだ頃にそれは始まった。
「敵襲ー!!!敵襲ー!!!」
「賊が入り込んだぞー!!!」
「侵入者だ!!!必ず引っ捕らえろ!」
「挟み撃ちにしろー!!!」
大坂城に響くその声が告げている敵、賊、侵入者、云い様は異なれどその正体は
その理由は大きく分けて二つ。
一つ目は警備の撹乱である。
慶一郎と喜助は別々の門から城内へ入り、二人共に兵達の前へ姿を晒した。この行動の目的は自分達の居場所と行き先を錯覚させる為だった。
慶一郎は北西から潜入して現在の京橋口から二の丸へ入ると、本丸から見て北東に位置する青屋口を目指し、その途中にある二の丸の北側と本丸を結ぶ極楽橋付近でわざと姿を晒した。一方の喜助は南東から城内へ潜入して現在の玉造口がある辺りから二の丸へ入ると、慶一郎と同じく青屋口を目指しながらその途中でわざと姿を晒した。
だが、二人は本丸から見て北東に位置する青屋口へ着くと姿を眩ました。
これにより陽動が成った。
更にこの行動には単なる陽動とは異なる効果があった。北西と南東からほぼ同時に現れた侵入者が共に北東で消えた事に対し、大坂城を警備している兵達は同様を隠せず、消えた侵入者を見つけようと北東に留まって侵入者の痕跡を探し続けた。
北東とは即ち鬼門である。
武家社会の定説を利用して兵達の指揮を下げる一方で、慶一郎達の陽動には確かな理もあった。
大坂城へ潜入した慶一郎達の目的地は本丸ではなく二の丸内にあった。しかし、警備の兵達はこの時点ではまだそれに気がついていない。その
慶一郎達が二手に分かれて北西と南東から二の丸へ侵入した後に本丸の北側へ向かう途中で姿を晒す事によって、警備の兵達は侵入者の目的は『合流して本丸の北側にある極楽橋より本丸へと侵入する事である』と錯覚した。
この錯覚は大坂城を守る立場であっても攻める立場であっても共に定石となる思考、理を逆手にとった策が
攻める側…即ち本丸へと侵入して城を落とそうと考える者がいた場合、この時刻ならば北側を狙う。故に守る側である警備の兵達は侵入者である慶一郎達が本丸へと侵入するならば北側だと錯覚した。
城を攻める者が北側を狙う理由は、この時刻に於いて大坂城の本丸と二の丸を結ぶ北と南に一つずつある橋の警備が北側よりも南側の方が遥かに厚くなっているからである。
その南側の警備が厚い理由は、この時刻には城主である秀頼が既に本丸の北側に位置している天守から同じく本丸の南側にある御殿へと移動している為、秀頼がいない
無論、大坂城の造りは強固であるため北側が比較的に侵入し易いという程度の差違に過ぎない。だが、南側の警備が厚いこの状況で本丸へと侵入するのならば僅かでも警備の薄い北側を狙う事こそが定石と云える。
慶一郎はその定石を策に利用し、
尚、鬼門に位置する青屋門は、大坂城の建造から江戸時代末期迄は常時閉ざされていた
慶一郎と喜助は敢えてこの鬼門付近で姿を消す事で不気味な印象を与え、それと同時に密かに青屋門を越えて二の丸を出ると混乱に乗じて真逆の方角へ向かい、現在の大手門がある
鬼門から
北東で姿を消して一番遠い南西、それも一番大きな門から再度侵入してくるという侵入経路は混乱の最中に於いて最善策であり、慶一郎達が目指す目的地への道中、その警備は陽動を行わずに直接向かうよりも遥かに手薄になっていた。
そして、慶一郎達が敢えて姿を晒したもう一つの理由、それは目的地にいる者に対して慶一郎が侵入した事を知らせる為だった。
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