第91話「お香の匂い」
「全く、どんだけ広いんだ?地下洞つっても限度があんだろ…こんだけ広いと松明の灯りがなきゃ二度と戻れなくなんぞ」
「その時は
「任せたゾ、キスケ」
「ちっ、人任せかよ。まあ、そんときゃあ手探りしながら戻っ…この匂いは!?」
喜助の嗅覚がそれを捉え、喜助の脳へと異常を伝えた。
それを追う様にして慶一郎もまたその匂いを捉えた。
「…お香の匂い、ですね。阿片の臭いを誤魔化すために香を焚くというのはよく聞く話ですが…」
「ああ、その通りだ。だが、この匂いは恐らくそれとは違う」
この時、喜助は詰所から地下へと下りた瞬間の事を思い出していた。
喜助は地下へと下りた瞬間に頭部が完全に潰された
その時に喜助は思議にその死屍について訊いたが思議はそれに答えなかった。だが、その場で思議と戦った喜助は頭部を完全に潰したのが思議による行いではないと感じ取っていた。
この日、喜助が地下に下りたその時には既に思議が地下に居たが、その思議以外の何者かが先に地下へと入っていた可能性を喜助は考えていた。
そして今、喜助がその時に嗅いだ匂いと全く同じ匂いが地下の奥深くから流れてきたのだった。
「
(
「
「…ああ、頼むぜ。先が拓けているかはともかく、この狭さじゃ俺の
「さっさと行くゾ」
三人は慶一郎を先頭にして二番目に喜助、殿に思議という並びで奥へと進んだ。
そして、地下空間の最深部へと辿り着いた三人はそこで思わぬ光景を見た。
「…
「この殺し方は間違いねえ…」
それ迄の狭い通路から一転して広い空間となっている最深部には一目では確認出来ない程の死屍がそこに転がっていた。
死屍はその
骨は完全に粉砕され、血と脳が混ざり在った液体が飛び散っていた。
「オイ!あそこダ!あそこに誰かいるゾ!」
「仮面!?奴だ!」
「あれが藩主代理の男…この臭いは!?」
「気付いたか
三人の視線の先、十五
「わかっています。それよりももう一人が見当たりません。
「最初からそのつもりだ。俺がここに来た目的はあいつじゃねえクソ役人共だ。…と云っても俺の目的だった奴等はここに転がってるのかも知れねえがな」
「
そう云うと慶一郎は周囲を警戒しながら真っ直ぐに男へと向かった。
喜助は慶一郎の言葉に頷くと、転がる死屍の山の中にあった矢を数本拾って腰に据えると思議と共に辺りを調べ始めた。
(奴は阿片中毒なのか?仮に奴が既に
慶一郎は藩主代理の男の姿を目の当たりにしてこれ迄聞いた男の行いを思い出し、その決着の付け方を模索したが、その決着を付けるのは慶一郎自身だと知っていた。目の前の男がどんな状態であったとしても決着は男の死、即ち男を殺す以外にはないとわかっていた。
「ん?なんだありゃあ…」
「………!!」
「…よく気がついたね。やはりキミは相当な使い手の様だ」
男の居る場所まで残り十歩を切った辺りでの事だった。
慶一郎は突然その歩みを止めたその直後、上から声がした。上とは即ち天井。高さにして凡そ五丈から六丈の高さがある天井から声が聴こえた。
その直後、天井から人が降って来た。
「
「来ないでください
慶一郎の方向を視るともなく見ていた喜助が天井から落下する影を視認し、その直後に何者かの声がしたために慶一郎の身を案じて声をかけた。だが、慶一郎はその喜助に対して距離を取った侭で護りに専念しろと云った。
「距離を保ち、身を護れ」という意味のその言葉は、多くの言葉を並べ立てるよりも分かりやすく、そして何よりも端的に慶一郎の前に降って来た者の強さを物語っていた。
慶一郎は自身の目の前に立つその者に対して最大限の警戒をしていた。
覆面で顔を隠し、全身黒装束に包まれたその者は、音もなく慶一郎の前に降ってきた。ただ降ってきたのではない。天井から落ちるのを喜助が確認しているのである。
慶一郎達の居る地下空間の天井の高さは凡そ五丈から六丈ある。
この高さは
その高さから落下し、音もなく着地して悠然と喋るその者は異質な気配を纏い、只でさえ涼しい地下空間の中でその者の身からは更に低い温度を放っている様に思えた。
身に纏う温度が低い…
慶一郎にそう感じさせるその者は、お香の匂いを纏っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます