第90話「制圧、そして合流」

 喜助きすけ思議しぎ、出逢ったばかりの二人による共闘は実行に移された。

 喜助は敵の前に姿を見せることで囮となりながら矢を放って射手を射抜き、思議はその裏で密かに動き回って次々と敵を仕留めていった。その場に居た町人達は喜助が姿を見せた際に云った「町人はその場を動くな!」という言葉に従い、成行なりゆきを見守る様に微動だにせず、喜助に気を取られた者達は放たれた矢とは関係ない所でも次々に倒れる仲間達に戸惑い、思議がいる事など考える余裕はなく、喜助の事を魔喧まやかし使いではないかと疑い始めると瞬く間に統率は失われて総崩れとなった。

 喜助と思議、表と裏で同時に動く二人の戦略はその場を支配し、成功したかに見えた。

 だが、射手を全て仕留めると共に喜助が矢を使い果たした時だった。


「動くな!!」


 その声は辺り一帯に響いた。


「誰だか知らねえがふざけた真似をしてくれたな!出てこい!さもなくばこいつらを一人ずつ殺す!」


 それは、喜助の想いを逆手に取った一人の役人の言葉だった。その役人は近くにいる数人の仲間と共に町人達へ刃を向け、人質に取ったのである。

 この行為に喜助は為すすべがなく、正面から役人達の前へと姿を現した。


「なんだ?貴様一人か?」


「…さあな。もしかしたら俺の仲間がお前のことを狙っているかも知れねえぜ?」


「そうか。ならこいつから…」


「待て!…白状する。だから手を出すな」


「そうだ、それでいい。で、貴様には仲間はいるのか?何人でここに着た?」


「ここへ着たのは三人だ。だが、二人はここにはいねえ。外だ」


 どうすればいい…どうすればここを乗り切られる…


 喜助は会話をしながら考えていた。

 人質のために降伏するか否か…

 この選択肢は喜助にとって二度目であった。

 弟の様な存在であった力丸りきまるを失った末に降伏、即ち自らの死によって人質を救う事を選択した前回はうつろによってその選択を無かった事にされた。だが、この場面ではその結末はあり得ない。

 喜助は何れにしても予測不可能な選択を迫られていた。


「そんな筈があるか!一人でこんな真似が出来るか!それ以上偽りを申すならば本当に殺すぞ!」


「まあ待て。殺したら死ぬのは俺達だ。今はまだ人質としての効果はあるが死体となっては意味がない。


「………」


「図星の様だな。くくく、この場に貴様の仲間が潜んでいようがいまいが町人達こいつらは貴様らにとってのだ。おい、どんな気分だ?自分よりも実力ちからの劣る相手に主導権を握られる気分は?」


「…胸糞わりいよ。だが、主導権を握っているのは本当にお前なのか?」


「なに?」


「考えてみろ。お前が人質を取って俺をここに引き出してから結構経つが、誰一人として俺に近付こうとしねえんだぜ?くく…そりゃそうだよな。もし俺が人質なんか関係なく暴れりゃ近くにいる奴から俺にられる事になる。誰だって死にたかねえ。それも同じ立場の者同士なら尚更のは御免だよな。お前、偉そうにしているけどここにいる中でお前の役職が一番うえってんじゃねえだろ?」


 喜助の云う通りだった。

 人質を取られた事で姿を現した喜助と役人達の距離は凡そ二十歩。その状態ままで会話をしていた間、誰一人として喜助との距離を縮めようとする者はいなかった。

 役人達は理解わかっていた。

 喜助の実力が自分達よりも遥かにまさっていてその気になれば自分達を殺せる事、町人達と喜助が人として何の関係つながりも無い事、そして見知らぬ者同士に対して片方を人質を取ったその行為が通用しているのは今だけの事であり、何かが変化すればその効力がなくなる事も理解わかっていた。

 それ故に役人達は誰一人として喜助に近付きたくなかったのである。


「ぐぬう…おいそこのお前、今すぐあいつを殺せ!」


「なっ!?命令すんな!やるならお前がやれよ!ほら!人質は俺が取る!」


「何だと!?誰のお陰であいつをおびき出せたと思ってんだ!」


「今だ!思議しぎ!」


 喜助は役人達が内輪揉めをしたその瞬間を見逃さなかった。声と共に人質を取る役人達へ向けて飛び出した喜助は二十歩余の距離を一瞬にして詰めた。同時に思議は潜んでいた場から姿を現して人質を取る役人達へ鉛玉を放つと共にへと放った。

 壁へと当たった鉛玉の音は反響し、あたかもその場へ多くの者が押し掛けてきたかの様に錯覚させた。

 鉛玉を喰らった役人達の腕を喜助は斬り、残る役人達は反響した音に畏怖おそおののき立ち尽くした。事が済んだ時、その場に喜助と思議に対して戦意を向ける役人達はいなくなり、喜助と思議はたった二人でこの場を制したのだった。

 それは、この場で阿片あへんの製造をさせらていた町人達にとってを意味していた。

 そして、喜助と思議が町人の縄を解き、その場に居た役人達を全て縛り終えた頃…


「…喜助きすけ殿」


「あん?…おっ?なんだ慶一郎けいいちろうか。お前なんでここに?」


 自分達を解放してくれた喜助と思議に町人達が礼を云っていた時に慶一郎が来た。


「目的地が重なった迄です」


「相変わらずお前は言葉が足らねえな」


「ふふ、そうですか。気を付けます。…それよりもこれは一体どういう事ですか?まさか水戸の地下で阿片を…」


慶一郎けいいちろう、お前も阿片を知ってんのか。…そのまさかだよ」


「そうですか。水戸藩の闇は藩主代理の男だけではなく阿片の製造も…喜助きすけ殿、奥へ行きましょう」


「待テ!オマエは誰なんダ?」


「おっと、そうだった。紹介するよ。こいつは慶一郎けいいちろうってんだ。俺の仲間だ。んで、こっちは思議しぎ。さっき知り合ったばっかだが互いの目的のために共闘することになった」


思議しぎ?青い瞳でその名…まさかな……)


「ケイイチロー?オマエ、ホントにケイイチローって云うのカ?」


「…ああ。よろしく頼む、思議しぎ殿」


 慶一郎は思議という名に引っ掛かるものを感じ、思議もまた慶一郎の名に違和感を感じた。だが、慶一郎も思議もそれを言及することをせず、互いに名乗り合って一言二言交わしただけだった。

 それから三人は町人達にこの場で待つように云って更に奥へと向かった。

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