第80話「遭遇」

「ちっ!ここにも居るか!?」


 詰所内を探索していた喜助きすけは人影を見つけ、身を隠しながら様子をうかがった。しかし、隠れる際に一瞬だけ身を引いた隙に人影は文字通り影も形もなく消えていた。


「消えた?向こうは袋小路どん詰まりのはずだ。一体どういう…!?こんなところにあったのか!道理で見つからねえわけだ」


 人影が立っていた場所に近づいた喜助はそこに地下への入口を見つけた。一見すると何の意味のない袋小路に見えた場所の床は細工がされており、床板を横にずらす事で地下への入口が現れる仕組みだった。


「さっきの影の奴は下りていったのか?見間違いってのはねえよな…まあいい、あとはあいつらを見つけて何故あんな真似をしたのか吐かせるだけだ。……!!この臭いは!?」


 喜助は地下から流れてきた臭いに異常を察知して一気に階段を駆け下りた。


「こいつは警備担当の役人か?誰がこんな真似を…それにこの妙な匂いはなんだ?」


 階段を下りると役人の死屍が数体転がっていた。その死屍のことごとくが頭部を完全に潰されていて、潰れされた頭部から放たれる血生臭さに紛れて微かにお香の様な匂いが混じっていた。

 そして、喜助が更に奥へと足を踏み入れようとした時だった。


「うおっ!?……誰だ!?何しやがる!」


 喜助の頭部へ目掛け鉛玉が飛んできたが、迫り来る鉛玉が放つ微かな風切音かぜきりおんでそれに気がついた喜助は上半身を捻ってかわし、鉛玉が飛んできた方向へ声を発した。喜助が避けた鉛玉は壁にめり込んでいた。


「上手く避けたナ」


「てめえ…急に何のつもりだ?こいつらをったのもてめえか?めんなんて被ってねえでつらを見せやがれ」


 喜助の声に反応して鉛玉を放ったであろう人物が姿を見せたが、その者は顔に般若の面を装着し、面の脇から垂れている茶色く長い髪の毛がその者の姿をより不気味に見せていた。


「ヤレヤレ…メンではなくオモテと言エ。ソレにカブるのではなくカケるかツケると言エ。貴様はノウも知らないのカ?」


「ごちゃごちゃうっせえな、まずは質問に答えろ。こいつらをったのはてめえか?なんのつもりだ?」


 喜助は話しながら鉛玉を放った方法を考えていた。

 壁にめり込む程の勢いであるならば何らかの道具を用いて放たれたと考えるのが自然だが、発射音がしなかったため銃ではない上に相手の両手は共に空手であり、着物の中へ道具を隠している様子もなかった。道具を持たぬ者がどの様にして鉛玉を放ったのか、喜助にはそれはわからなかった。だが、喜助は相手の得意とする間合は既に看破していた。

 喜助は義太夫ぎだゆうとの邂逅で目覚めた相手の得意とする間合まあいを感じ取るという感覚を完全ににしていた。

 そして、その感覚が導き出した相手の得意とする間合はである。つまりは空手のまま何も用いない接近戦を得意とする体術使いであると喜助は看破した。


「テメエとは、手前テマエの事カ?ソレならば御前オマエと言エ。手前は自分自身ジブンの事ダ」


「うっせえな。答える気があんのかねえのかはっきりしやがれ」


「答えはこうダ!」


「ちっ!問答無用か!」


 般若の面をつけた者は再び喜助に向けて鉛玉を放ち、それと同時に喜助へ向けて突進した。対して喜助は放たれた鉛玉を躱すと、相手と同じく前へ出た。

 互いに互いへ向けて突進した両者が交錯した瞬間に二人の実力ちからの優劣は決した。


「うくッ…!?」


「へっ、鉛玉を指で弾くわざはすげえが他は大したことねえな。身体からだの使い方がまるでなっちゃいねえ。掴めりゃ喧嘩に勝てると思っている馬鹿力だけの木偶の坊ってとこか?」


 喜助は般若の面をつけた者が鉛玉を放つ瞬間にその業を見切った。正確には般若の面をつけた者が鉛玉を放とうとして右手を動かした瞬間にそれを見抜いて対応した。

 その業は単純にして明快だった。右手で鉛玉を持ち、親指と人差し指を使って鉛玉を弾いていたのである。桁外れに強い力により弾かれた鉛玉が弾丸の様に飛ばされ、その威力は人間の骨を砕くには十分な程であった。

 喜助はそれを並外れた動体視力や反射神経と共に経験に基づいた体捌きで躱し、尚且つ相手の得意とする間合に飛び込みながら鉈を抜くと寸止めの要領で振り抜かない峰打ちを放って面を叩き割った。

 鉛玉による奇襲と共に喜助を掴もうとした相手の攻撃は空を切り、二人は擦れ違うようにして立ち位置が入れ替わっていた。


「さてと、その般若の下にあるつらを拝ませてもらうぜ」


「ウウ……ワタシのカオを見るナ!」


「待ちやがれっ!」


 喜助は逃げようとした背中へ向けて体当たりを放ってそれを阻止し、そのまま床に組み伏せた。


「くウ…放セ!」


「てめえ!先に仕掛けといて敵前逃亡たあどういうつもりだ!なに!?こりゃあ…!?」


「アアア!!ミタナ!?クッ…コロセ!!コロセエェ!!」


 喜助に顔を視られたその者は自らを殺すように喜助に求めた。それ迄の声とは発音の異なるその声は、飾りのない声色と口調で本能の侭に放たれていた。

 個性的な発音の「コロセ」という言葉は懇願にも似ていて、悲しい痛みに満ちていた。


「…その青い、白い肌、そして言葉遣い。は南蛮の女だな?」


 喜助は既に目の前の女に対してと呼ぶのを止め、ゆっくりと落ち着いた口調で語り掛けていた。これは無意識に行ったのではなく、意識してそうしていた。

 言葉遣いの変化、優しい口調、その些細な変化によって喜助は相手に対する敵意の度合が和らいだ事を示そうとしていた。

 南蛮人、女…それらはいずれもこの時代に於いての日本では虐げられることの多かった立場である。

 喜助は長い間繰り返してきたうつろとの流浪の日々で常に「」と教えられて生きてきた。それは言葉による教えではなく、行動で示された事実による教えだった。喜助がかつて空と共に身を置いた戦闘たたかいは常に虐げられる立場にある者達を救うための戦であり、その全てに於いてがあった。

 村をまもる時は無論、山賊の棲処すみかを攻める戦闘たたかいであっても弱者にとって救いだった。

 うつろにとっては過去の行いに対する贖罪にも似たその日々は、喜助にとっては信念を培う日々であった。

 喜助にとって戦闘たたかいとは弱き立場にある者を救うこと。それが嘉助の戦う理由となっていた。もっとも、喜助自身はそれを意識したことはなく、自覚もしていない。

 だが、喜助はこれ迄常に弱者の味方であろうとして戦ってきた。そんな喜助が自ら組み敷いている南蛮の女に対してこれ以上の敵意を向けることは出来なかった。


「コロセ!ワタシヲコロセ!ワタシハヲユルサレテイナイ!コノカオヲミラレ、シニタクトモシネヌノダ!タノム!コロシテクレ!」


 


 それはまさしく、女が伴天連或いは切支丹キリシタンである証であった。

 キリスト教徒は当時も今も自殺が許されていない。それ故に喜助に殺してくれと頼んでいたのである。


「コロセ…ワタシヲコロセ……」


「お前…なんで死にたがるんだ?顔にきずあとがあるくらいでそんな…おっと、取り敢えず退くからよ。変な真似するなよ?」


 この言葉に女は頷き、喜助が退くと観念したのか大人しくなった。


「………貴様、なぜワタシを殺さないんダ?こいつらの仇を討たないのカ?」


「馬鹿云うな。俺はこいつらの仲間じゃねえんだ。つかむしろ敵だ。わざわざそんな真似する理由がねえんだよ」


 落ち着きを取り戻して調になった女に喜助は答えた。


「なんダ…そうなのカ…なら貴様はワタシの敵ではないのだナ」


「あん?…ちっ!なんだ勘違いそういうことかよ。そんじゃあ、お前もなんか理由わけがあってここに来たなんだな?」


「ええ、そうでス。ワタシも侵入者でス。…ワタシがここへ来たのは───」


 女は喜助への警戒を完全に解き、地下牢へと忍び込んだ理由を話し始めた。

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