第63話「大男」

「ぬうんっ!」


「ぎゃああああああ!!」


 刀を手にした大男がくわを持った男を斬り伏せた。

 大男の周囲とその後ろには、鍬や石などを握り締めたまま絶命している死屍しかばねが三十体程転がっていた。転がる者達はみなが農民だった。

 農民達は刀を持った大男に対し、武器と呼ぶには心許こころもとない武器を手にして挑み、そのことごとくが斬られ、悉くが死んだ。

 それはまるで自殺にも似た行為であった。

 しかし、死屍となった農民達は大男に挑んだ。追い詰められた末の最後の手段だった。

 突如現れたこの大男とその手下達により、村が焼かれ、男は殺され、女は犯された後で殺された。そして、子供もまたその場で殺されるか犯された後で殺された。

 襲われた村の人々はその殆どが一目散に逃げ出したが、一部の者達は鍬や棒切れや石を手にして戦った。たが、その行為が戦闘となることはなかった。

 それは戦闘ではなく、一方的な蹂躙であった。無理はなかった。

 大男と手下達はこの村だけでなく、数々の村を襲い、数えきれぬ程の人々を殺してきた本物の悪党である。

 人を殺すことに一切の躊躇ためらいを抱かない者達に対し、農民が立ち向かったところで為す術などない。況してや、まともな武器すら持たぬ農民達に対し、大男達が扱うのは人を殺すために生み出された真っ当なである。

 それでも、一部の人々は逃げずに戦った。

 その理由は大切なものをまもるためだった…


「ぜははははは!ワシは阿武隈あぶくま義太夫ぎだゆうだあ!」


「いやっ!いやあああああ!誰かあ!」


「この野郎!」


「むんっ!」


 阿武隈義太夫と名乗ったその大男は、一人の少女を抱き抱えると衣服を剥ぎ取り、乱暴に犯しながら自らに立ちはだかる者を斬った。

 大男が引き連れている手下達は村人を次々と殺しながら、女達を捕らえては大男に引き渡した。その度に大男は女を抱き抱えて犯しながら村人を殺し、飽きると女を殺して次の女を犯した。

 少女は大男にとって、この村で六人目の女だった。

 阿鼻叫喚がこだまするその村に二人の人間がやって来た。

 二人の内の一人は、手にした弓矢で大男の手下達を次々ところした。

 そして、もう一人は大男の手下達を刀で斬り殺しながら大男の方へ真っ直ぐ進み、大男の前へ立った。


「ぜはははは!おう、ゴゾー。なかなか良い力量うでしてんじゃねえか。まあ、こいつらが弱すぎるだけだがなあ。…ん?おめぇその刀どこで拾った?その長さならワシが使ってもおかしく見えんだろう…よし、それを寄越せば特別に命は助けてやる!」


 大男の前に立つ者は何も答えなかった。


「ほほう?ワシを無視するとは…その度胸、気に入った!コゾー、名を教えろ!刀を寄越せばワシの手下にしてやるぞ!さらに女を三人くれてやろう!ついでにこの女も…おまけじゃ!」


「あぐっ!…ううう……」


 大男は少女から一物を抜くと、投げ捨てるようにして少女を地面へと無造作に転がした。

 地面に放り出された少女は泣きながら呻き声を漏らしていた。


「…云いたいことはそれだけか?」


「ああん?何だって?良いからほれ、刀を寄越さんか」


「…村を焼き、罪無き者を殺し、まだ年端も行かぬ娘にこんなむごい仕打ちを……私の名が知りたいのならば教えてやろう。私は立花たちばな慶一郎けいいちろう、貴様のような外道は簡単には死なせぬぞ!」


「あん?何を云って……へっ?…なっ!?腕が!?腕がああああああ!!!」


 慶一郎と会話をしていた大男の視界に突如腕が飛び込んできた。それは、刀をほっして慶一郎へと差し伸べていた大男自身の左腕だった。

 血飛沫ちしぶきを撒き散らしながら宙を舞う左腕を見た大男は、少し遅れてそれが自身の左腕であることに気がついた。

 それ程に慶一郎の剣ははやく、そして鋭かった。


「ぐおあああ!!ワシのワシのおおお!!」


「喚くな。貴様が人々に与えた苦痛はこの程度ではない。その腕の痛みは今日殺された者達の悲しみと思え」


「ぎぎぎ…ギサマ!ワシに逆らってただで済むと…ぐぎっ!?えぎゃああああ!!足が足があああ!!」


「喚くなと言ったぞ?」


 慶一郎は大男の左足の大腿部を刀で突いた。

 本来、慶一郎は何かの情報を聞き出す時など、余程の理由がない限りは殺す者を甚振いたぶる事をしない。


 


 それが慶一郎のである。

 だが、それはあくまでも対等な立場の死合しあいに於いての話である。

 慶一郎にとって目の前の大男は死合の相手ではなく単なる外道であり、人道にもとるその行為に対して苦痛による報いを与えていた。

 どれ程に痛め付け、長時間甚振ったところで最終的に殺す以上、それが意味のない行為だと慶一郎もわかっていた。

 しかし、それでも慶一郎は大男に無意味な苦痛を与えずにはいられなかった。


「ぎぎ…義太夫ぎだゆうだあ!!ワシは阿武隈あぶくま義太夫ぎだゆうだぞお!!」


阿武隈あぶくま義太夫ぎだゆう?…貴様が阿武隈あぶくま義太夫ぎだゆうだと?」


「そ、そうだ!ワシを知ってるのか!…ぎいっ!がっ!うげっ!」


 慶一郎は尚も大男を甚振った。

 斬ってもすぐには死に至らぬ場所を選び、意識を失わない程度の痛みと出血でとどめるように次々と斬りつけた。

 そこへ、大男の手下達をことごとく射殺した喜助きすけがやって来た。

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