第62話「慶と慶一郎」
慶長十九年六月十六日。
二人は六日前に米沢を発って江戸を目指したが、江戸入りの前に水戸で江戸の情勢を調査してからでも遅くないとして水戸を経由することにした。それから六日間歩き続けた二人は水戸まで後僅かという所まで来ていた。
怪我をした
「ところでよ、
「ありがとうございます、
慶一郎達が米沢を発つ前日、慶一郎と早雪は二人共に髪を切り、その髪を供物として潮の墓に供えた。それは、
そして、慶一郎にとっては潮への弔いの気持ちを形として残すことで、二度と同じ様な出来事を繰り返さないという決意表明でもあった。
早雪は肩甲骨と腰の中間辺りまであった髪を肩の辺りまで切り、慶一郎は肩甲骨のやや上まであった髪を首筋が覗ける長さまで切っていた。
「なな、なんで
「さあ、なぜでしょう?ふふふ…」
早雪の名を出されて
「ちっ!馬鹿にしやがって……そもそもお前な、どうせ切るならもっと短くしろよ!中途半端な長さだとまだ紛らわしいんだよ!」
「まだ紛らわしい?それは一体…」
「顔だよ顔!紛らわしい顔しやがって!それに声もだ!顔も声も紛らわしいからせめて髪型くらいは男らしくしろ!出来ることなら俺みてえにうんと短くして耳を出せ!…ったく、お前を見てるとたまに俺がおかしくなったのかと思えてくるんだよ……」
喜助は
「紛らわしい顔?男らしい髪型?……!!」
(なるほど…そういうことか……)
慶一郎は喜助の言葉の意味に気がついた。
喜助は慶一郎に対して遠回しにこう云っていた。
『女の様な顔と声をしている上に、女の様な髪型をされると紛らわしいから一目で男だとわかる髪型をしろ。男を女と見間違える俺がおかしいみたいだろう』
これはつまり、喜助には慶一郎の容姿が女に見えるということである。無論、慶一郎は本来は
しかし、普段から低い声で話すことを心掛け、尚且つ振る舞いや佇まいも男であることを意識し、何よりも他を圧倒する強さによって、慶一郎は他者から女であると思われる事はなかった。それどころか、女からは美形な男として云い寄られ、男からは衆道の対象にされていた。
喜助はそんな慶一郎のことを男と認識しつつも、時折発する高い声やふとした仕草に女っぽさを感じていたのだった。
それは、
「………
「馬鹿野郎!そんなの関係あるか!俺とお前は仲間だろ!そもそも万が一にもお前が女なわけあるか!そりゃあ見た目は
(…
慶一郎は自らの性別など関係なく仲間として受け入れてくれている喜助に感謝した。それは、礼と詫、二つの意味が入り交じった感謝であった。
慶一郎は男でなくてはならなかった。男でなくては国を納められない以上、女でいることは出来なかった。それ故に慶一郎の口から自身の性を語ったことは一度もなかった。
しかし、慶一郎はこれまで二人の人物に自身の真の性を見抜かれていた。
それは、早雪と空だった。
慶一郎は性を見抜かれた二人からその
早雪からは別れる前に二人きりで会話した竹林で伝えられた。
『ふふ、やはり女でしたか。…
早雪は慶一郎と出逢ったその瞬間から薄々感じていた。
あの日、慶一郎に手を振りほどかれた早雪はわざと大袈裟に転び、慶一郎は握手をする形で手を取って早雪を引き起こした。
その瞬間、早雪は慶一郎の手に違和感を感じた。そして、出会い茶屋での会話の中で若い男を
その後、短いながらも共に過ごしたことによって早雪は慶一郎が女であると看破したのだった。
一方、空は慶一郎と早雪が山賊の
『
空は物事を真っ直ぐ受け入れるという、単純にして難解なことによって慶一郎が女であることを即座に看破した。
そして、空とは差異はあるものの、喜助もそれに近い受け止め方をしていたが故に慶一郎に女の気配を見ていた。だが、慶一郎の強さが喜助にそれを認めることをさせず、喜助は慶一郎の真の性を看破するに至っていなかった。
しかし、喜助は性別を慶一郎との関係の
「…そうですね。私達は仲間です。…ところで
「なっ!?…いいい、云ってねえ!美形とは云ったが美人とは云ってねえ!つかこの話はもう終わりな!わかったか!?」
「ええ、わかりました。
「ぐぬ……っ!?
「わかっています!行きましょう!」
気の置けない仲間として特別じゃない会話をしていた二人は、二人同時に風に乗って流れてきた木と人間の焼ける微かな臭いを感じ取った。
二人は臭いが流れてくる方向へと走り出した。
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