第64話「真意」

慶一郎けいいちろう、向こうの奴らは片付い…なっ!?慶一郎けいいちろう!お前何やって…っ!?…ちっ!そういうことか……」


 村人を追い回す手下達を全て、殺すか行動不能にして慶一郎の元へ駆け付けた喜助きすけは、本来なら一撃で葬ることが出来る大男を甚振いたぶる慶一郎に一瞬戸惑った。しかし、近くにいる裸の少女を見ると喜助はすぐに状況を理解した。

 そして、喜助は放心状態でうずくまっている裸の少女に近付き、自らの着物を一枚脱いでそれをかけると、慶一郎に対してその行為を自分と交代するように云った。だが、慶一郎は「この大男を痛め付けるのはあくまでも自分の私情によるもの」と云ってそれを断った。


(私は何故こんなに強い怒りを抱いている…似た様な行為ことをしたという奴らはこれまで何人も殺してきた…似た様な目に遭った村の話も幾度となく聞いてきた…それなのに私は何故…何故この男に対してだけは殺すだけでは気が済まないと感じている…どうしてこんなにも無駄に痛め付けている…痛め付けるならば四肢を落とすだけで十分だ…四肢を落として放っておけばやがて辺りにいる獣達が男に苦痛と死を与えてくれる………私が今この男にぶつけている怒りは何だ?虐げられた人への想い?私のこの行為は男に凌辱された少女と村人のため?…確かにこの行為はから始まった…しかし、これは…今抱いているこの想いの全部すべてが本当にそうなのか?私は…私自身の想いは……)


 慶一郎は大男を甚振る最中さなかでも心の中にやり場のない怒りを抱き続け、このまま大男をなぶり殺しにしても意味がないと知りながらも自らの心に抱いたその怒りを収める先を求めていた。

 自分自身が行っているその行為の原因りゆうと抱いている怒りを収める相手さきを求め、それがわからずに自問自答の様な言葉を心の中で呟いていた。

 自問自答することで自らの結論こたえを探し、それが最初はじめからただ一つしかないことに慶一郎は気付き始めていた。


「あの…」


 慶一郎が大男を痛め付けている最中、不意に少女が喜助に声をかけた。


「…それ、貸してくれませんか?」


「あ?それって…これか?」


 少女はまるで最初はじめから泣いていなかったかの様に涙を流すのを止め、喜助の腰に結ばれている食料として仕留めた獣を解体する屠殺とさつ用の鉈を指差していた。


「はい。それなら私にも何とか扱えるので…」


「扱うって、お前………真剣ほんきか?」


 喜助は少女が行おうとしている事をすぐに理解した。それを理解した上で喜助は少女に訊き返していた。


「…はい。どうか、お貸しください」


「……そうか。だってよ、慶一郎けいいちろう。聞こえてたろ?どうすんだ、らせんのか?」


「……ええ、構いません。ではそれを持ってこちらへ」


 慶一郎がそう云うと、少女は返事をしながら大男と慶一郎から剃らしていた身体からだを向き直った。


「…ひっ!!」


 向き直った瞬間、少女は慶一郎の前に大男の変わり果てた姿に、悲鳴にも似た小さな声を漏らして喜助に手渡された鉈を足元に落とした。

 少女が暮らしていた村を襲い、村人達を殺し、少女を犯した大男は、既に両腕の肘から先と両脚の膝から下を切断され、その切断面と身体中に負った斬創きりきずから流れ出す血で辺りに大きな血溜ちだまりを作りながら尚も意識を失うことが出来ず、全身を痙攣させながら舌を噛み切る事が出来ない様に慶一郎によって外された顎で、「こおひへ…」と声にならない声でひたすら繰り返していた。


「……どうしました?ああ、この男にしていたことを見ていなかったのですか?見ての通り、既にかなりの重傷ですがまだ息はあります。さあ、どうぞ。この状態ならあなたでも殺せますよ。それともまだ続けますか?この様に…」


「ぎゅひいいいいいいい!!!」


「ひいいいいっ!!!」


 慶一郎は大男の右耳を刀の先端で突き、突いた刀の先端を回転させてねじ斬る様にして耳を斬り取った。

 新たに加えられたその痛みに悶える大男は口から血反吐ちへどを撒き散らし、途中までしかない四肢を振り回した。

 苦痛に歪む大男の姿に恐怖したのか少女はその場から逃げ出した。


「あっ、おい!待て…」


喜助きすけ殿、行かせてあげてください」


 少女を追おうとする喜助を慶一郎が制止した。

 慶一郎は少女がその場から逃げた理由がわかっていた。わかっていたからこそ慶一郎は喜助を制止した。

 少女がその場から逃げた理由、それは自らの手で殺そうとした大男の変わり果てた姿に恐怖を感じたからではなかった。

 少女は大男に対してそれ程の行為を行いながらも表情一つ変えず、まるで何事も起きていないかの様に一滴の返り血も身に浴びていない慶一郎に恐怖したのだった。


慶一郎けいいちろう…良いのかよ?行かせちまって。あの嬢ちゃんのためにやったんだろ?…それに、こんな目に遭った後だ。あの嬢ちゃん、死んじまうかも知れねえぞ?」


「…恐らくその心配はありません。あの子が走っていったのは私達が来た方向です。向こうには辛うじて助けることが出来た村人達がいます。それにあの子はこの男の姿を見ています。苦痛に表情かおを歪ませ、自ら殺してくれてと強請ねだる姿を…この様な無惨な姿を見れば心の痛みから解放される死を選ぶより、肉体に与えられるの痛みへの恐怖から生を求める筈です……」


「お前そこまで……けど、本当にそれで良いのかよ。お前はそれで満足なのか?本当はこんな事したかねえんだろ?お前はあの嬢ちゃんのためにこんな事をやったんだろ?あの嬢ちゃんにとって復讐相手であるこの男のこんな姿を見せる事で、お前はあの嬢ちゃんの復讐心を少しでも減らして気持ちを他へ向けようとしたんだろ?だからお前はやりたくもねえのにこんな事をし…」


「それは違いますよ、喜助きすけ殿」


 慶一郎は自身の背中に語りかけている喜助の言葉を遮り、喜助の方へ向き直った。

 そして、悲しいとも苦しいともつかぬ表情で喜助を見て言った。


「いえ、。…確かに半分はあの子のためです。いえ、あの子だけでなく、あの男に傷つけられた全ての人々が受けた痛みとその想いのために私はこれをしました。けど、それはです。…結局、これは私自身がこの男を許せなかったために私の意思で行った行為ことです。私はあの子の想いが理解わかる…いえ、理解わかろうとする事が出来る立場にあるからこうせざるを得なかった。私の中に溢れたやり場のない想いを私自身が抑えきれなかった。…ですから、これは私自身の想いでなくてはならない。きっかけは誰かのためにという想いであっても、その行為をしたという事実は自分自身で背負わなくてはならないのです」


 慶一郎が大男を甚振いたぶる最中で求めていた怒りを収める先、それは大男によって害を被った人々の心ではなく、慶一郎自身の心の中にあった。


『誰かのためにそれをしたとしても、実行したのは自分自身であり、それは他の誰かではない』


 慶一郎は自分自身でそれを行うという選択をしたことを受け入れ、自身の決断でそれを行った事実を認めた。

 さらに、慶一郎は自身が何故それ程までにやり場のない怒りを抱いたのか、それを自覚した。


理解わかろうとする事が出来る立場にある』


 それは、慶一郎がどんなに補繕つくろっていても拭えない事実に基づいた言葉であった。

 慶一郎は単独ひとり同じ女という立場にある者が目の前で道具もののように扱われている事が許せなかった。

 今までその行為をした相手と会い、それを殺したことはあっても、自分自身でそれを目の当たりにしたのは初めてだった。

 聞くのではなく、目の前で行われたその行為を見た瞬間、慶一郎は怒りを抑えられなくなり、その怒りが慶一郎に大男を甚振いたぶられせていたのだった。

 それはまさしくの怒りであった。


「ちっ!お前って野郎は…なんでもかんでも一人で背負おうしやがって……仲間なんだからよ。俺にも少しは背負わせろ。退け、こいつの止めは俺が刺す」


 そう云いながら喜助は弓を取り出し、弓弭ゆはずに付いた刃で止めを刺そうと大男に近付いた。

 その時、辺りに大きな声が轟いた。

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