第29話「黒幕」

 慶長十九年四月十五日未明―――


「ひいいいい!許してくれ!俺は本当に知らねえんだ!俺はガキ共を山の下に運ぶまでをやらされただけなんだ!ガキ共が連れていかれた場所も知らねえ!ほ、ほら!報酬として貰った金は全部あんたにやる!だから見逃してくれ!」


「我が汝を生かしたところで死んだ力丸りきまるは戻らぬ…」


「ひぎゃ!」


 うつろは命乞いをする男の顔面を槍で突き刺した。槍は男の眉間を穿うがち、一撃で男を絶命させた。


「汝を殺しても力丸りきまるは戻らぬがな…」


 空は静かに呟いた。

 鬼助きすけ達と別れ、里を襲撃した者達の残した痕跡を辿って襲撃者を追った空だったが、下山した時点で痕跡が枝分かれしていたため襲撃者の行先ゆきさきを一つに特定することが困難になり、空はその全ての痕跡を順番に辿ることにした。

 辿った痕跡の先にはことごとく近隣の山にある山賊の棲処すみかに繋がり、空はそれらを次々と襲撃した。

 行先の辿れる痕跡は全部で五つあり、ここが既に三つ目だったが、未だに里から連れ去られた子供達は一人も見つからず、山賊達の中には子供達の行方を知る者は誰一人としていなかった。これまで空が襲撃した三つの場所にいた山賊達は、その全てが下山した時点で子供をに引き渡していたため、下山以後に残された山賊達の痕跡は自らの棲処に戻っていただけだったのである。

 下山以後の行先を辿れる痕跡はまだ残り二つあったが、空は痕跡を辿って子供の行方を探す程に子供達の行方がわからなくなっていた。しかし、それと同時に力丸が死んだ場所で空が殺した男、その男が鬼助に云った子供を皆殺しにするという話が偽りである可能性が高いことが判明していた。


「行先を辿れる痕跡は残り二つ、その先で何も出なければ………そこの者達、隠れずともよい。出てこい」


 空がその場から離れて次の痕跡を辿ろうとしたその時、空は自分を見ている者の視線に気がついて声をかけた。

 そして、空が声をかけた先の闇の中から二人の子供が現れた。


「オマエはなんだ?」


「あなたは何者なの?」


 その子供達は二人共に身の丈が四尺半程しかないにも関わらず、揃って自分の身の丈よりも長い、五尺程の長さがある刀を背負っていた。

 その子供達は二人共に同じ顔をし、二人共に暗闇の中でも確かにわかるをしていた。


「我はだ。汝らも我と同じ人であろう?姿に差異ちがいはあれど汝らはに見えるが?」


 空は訊かれたことを有りのままに答え、想いの侭を訊き返した。

 空は確かに人であり、目の前の二人の子供達は確かに人の子に見えた。


「オマエには関係ない…」


「あなたには関係ない…」


「オマエはなんだ?」


「あなたは何者なの?」


 規則正しく順番に話す二人は再び空に同じことを訊いた。

 しかし、空はそれには答えずに目の前の二人を優しく見つめていた。


「ナニを見ている…」


「何を見ているの…」


「…汝らは伴天連ばてれんの子か?その顔からして双子であろう?」


 空は子供達に訊いていた。

 伴天連とは当時のキリスト教関係者を指す言葉である。

 気がつくと空に質問していた側の子供達が空から質問される立場になっていた。


「オマエには関係ない…」


「あなたには関係ない…」


「…死にたいのか?」


「…殺されたいの?」


 この瞬間、順番に話す二人は二人同時にの柄に手をかけて、それを抜こうとする構えを取った。

 二人は空へ向けた殺意を身に纏い、この後の空の返答次第で二人が刀を抜こうとしていたのは明らかだった。


「関係ないか…そうだな。だが、我は死ぬ気も殺される気もない。そして、汝らを殺す気も蔑視べっしする気もない。信じてもらえぬか?」


 その空の言葉で二人が空へ向けていた殺意は消えた。空が二人に向けた優しい眼差し、その眼差しと言葉に込められた優しい心が二人から殺意を消させた。

 殺意を消した次の瞬間、二人の子供達は何も云わずに空の前から姿を消した。


「我を信じるが我と馴れ合うつもりはないという事か…」


 空はそう呟いて四つ目の痕跡を辿ろうと来た道を引き返した。

 その後、四つ目と五つ目の痕跡を辿った空はそれらの先でも同じ様に山賊の棲処に辿り着き、それを襲撃した。しかし、どちらの場所にも連れ去られた子供の姿はなく、行方を知る者は誰一人としていなかった。

 空は里の襲撃を知ってから夜が明けるまでの四半日程度の間、その僅かな間に近隣にある七つの山賊の棲処の内の五つを次々と襲撃し、たった一人でそれを壊滅させた。

 空はそれらの棲処に居た山賊達を手当たり次第に斬った。即ち手当たり次第に殺した。

 逃げる者も容赦なく殺した。女であっても山賊の仲間であればそれを殺した。子供達の連れ去りに関与した者は命乞いをしてもそれを殺した。空に対してよこしまな気を纏ったものはことごとく殺した。山賊がさらってきたであろう者がそこに居合わせた時は、動く者は全て斬ると云い、動いた者は山賊でなくとも全て殺した。

 空は心を無にして悪鬼となり、たった四半日で山賊達を二百人以上、山賊にさらわれた者達を四人殺した。ただ、空は子供だけは殺さなかった。山賊の子供が空に殺意を向けてもそれを見逃した。

 この間、空の後には獣と烏がそれを追っていた。空の進んだ道のあとには死屍しかばねとそれを喰らう獣、そして闇に溶け込む烏が残った。

 多くの人間を殺し、殺した人間の血と断末魔をその身に浴びた空は、闇の中で鈍い光を放ち、獣も烏も空が纏う死臭に気がつきながらも空自身へは決して近づくことはしなかった。死者よりも濃い死臭を放つ空に、死肉をむさぼる者達ですら近づくことが出来なかった。

 死臭を纏う空には、それよりも遥かに濃いがあった。

 そうして空が得た情報は、ただ一つだけだった。

 それは、山賊達に金を渡して里を襲撃させたのがであるという、たった一つの情報だった。

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