第28話「悲しい顔」
「
叫び声を上げた鬼助に
鬼助の目の前に転がる男の左胸を突き刺し、一撃で絶命させた槍を投げたのは空だった。
「うあああああ!なんてことを!?これじゃあ皆が!?皆が!!」
鬼助の耳には空の声が聴こえていなかった。
鬼助の頭には空の声が聞こえていなかった。
鬼助の心には空の言葉は届いていなかった。
『この男が死ねば先に連れていかれた子供達が皆殺しになる…』
鬼助の頭の中には
連れ去られた子供達が皆殺しになる。
鬼助の心にはただそれだけがあった。
「…
「…
「え……」
不意に鬼助の耳に声が聴こえた。
この後起きるかも知れない惨劇に絶望する鬼助の頭に二つの声が聞こえた。
「
鬼助の耳に聴こえた声、鬼助の頭が聞いた声、鬼助の心に届いた言葉、それは鬼助を心配する様に鬼助の名を呼ぶ二人の子供、桜と佐助の声、桜と佐助の言葉だった。
「
「おじちゃんがくらいふくろのなかからだしてくれたんだよ、
「
この時、
「すまぬ、
「
鬼助は空に対して批難にも似た視線を向けていた。
『なぜこの男を殺してしまったのか?』
鬼助は空にそう訊いていた。
目の前に転がる死屍となったこの男、この男が死んだことがどの様な結果を招くかを後から来た空が知るわけがない。
しかし、鬼助は空に対してそれを訊かずにいられなかった。
「すまぬ…」
空はそれだけ云った。空はただそれだけ云って鬼助に頭を下げた。
その声は悲しかった。
その言葉は重かった。
その姿は痛かった。
鬼助は空の放ったすまぬという、たった三文字の言葉と頭を下げる姿で全てを悟った。
「
鬼助は空が全てを知った上で自分を助け、全てを知った上で自らが見捨てた桜と佐助を助けたのだと悟り、何も云えなかった。
鬼助は自分が他の子供達が皆殺しになることを恐れて目の前にいる桜と佐助、幼い二人の子供達が連れていかれるのを黙って見送り、そのまま敵に殺されることを選択したとわかっていた。
鬼助は空が自分とは違い、例え他の子供達が皆殺しになるという結果になったとしても、目の前にいる二人の子供達、そして自分のことを助けたのだとわかっていた。
わかっていたからこそ鬼助は空に何も云えなかった。
自分に対して頭を下げている空の胸中、その心の痛みや葛藤を考えると鬼助は何も云えなかった。
僅かな間ではあったが沈黙がその場を支配していた。
その沈黙を破ったのは空だった。
「
空は鬼助を見ずにそう云うと、男の死屍に突き刺さった槍を引き抜いた。その瞬間、鬼助は空に恐怖を覚えた。
鬼助は槍を引き抜いた瞬間の空が、例え相手が子供であっても容赦なく殺してしまう悪鬼の様に感じた。
鬼助は空に死の匂いを感じた。
「
「発端は里を留守にした我にある。
空は鬼助の言葉を遮って云った。
力丸とは、麻袋に入れられたまま絶命した子供の名だった。まだ麻袋に入れられた状態の亡骸が力丸という名の子供のものであると空はわかっていた。
そして、空はその力丸の亡骸に対して会わせる顔がないと云った。
「
「
そう云うと空はその場から消えた。
空は完全に気配を消したまま山賊達の残した痕跡を追った。
空が去った後もそこには僅かに死の匂いが残っていた。
「さっきの
「うん。
桜と佐助は闇に包まれる中で見えなかった空の顔が、その場から立ち去る直前の空の顔が悲しい顔だったと云った。
子供は眼よりも心で人を視ている。
その子供の心が空の顔を、死を匂わせた空の顔を悲しい顔と云っていた。
「悲しい顔か……
「えっ!
「
鬼助は空に従い、桜と佐助と亡骸になった力丸を連れて里に引き返した。
桜と佐助が力丸が死んだと気がついたのは麻袋から亡骸を出した時だった。
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