第27話「麻袋」

 慶長十九年四月十四日―――


 この日、うつろは朝から里を離れていた。その理由は二日前に空が近隣の村へ行った際に偶然居合わせた知人の男、約二十年振りに顔を会わせたその男との会談のため、その男が現在暮らしている米沢へ出向いていたからである。

 空がその男との会談を終えて里のある山のふもとに着いた時、辺りは既に完全なる闇に包まれていた。

 山頂を目指して山道を登っている途中で空は異変を感じ取った。


鬼助きすけと子供達の気配を感じない…」


 空はその異変を感じ取ると思わず口に出していた。

 普段いつもなら山腹さんぷくを少し過ぎた辺りで既に感じ取れる鬼助や子供達の気配が、この日は山頂目前の門を前にしてもまだ感じ取ることが出来なかった。

 その事に異変を感じた空が一気に山を駆け上がると、見慣れた筈の里の風景は一変していた。


「これは…!?」


 空は自らの眼を疑った。

 この日の朝、空が里を出た時には二十人以上の子供達がそこに暮らしていた。しかし、僅か半日程度の時間しか経過していない現在の里には子供の姿は全くなく、辺りには十数体の大人の男の死屍しかばねが転がるのみだった。

 それを見た空は自身が里を離れている間に何かが起こったのだと理解した。

 それは空にとって信じたくない事であり、受け入れたくない事であった。

 この日、空が里を離れていたのは僅か半日程度、その半日の間に何者かに里が襲撃されたのである。それも空が里に戻ったこの時からそう長く間が空いていない時間に里が襲撃されていた。辺りに転がっている男達の死屍にまだ獣や烏が群がっていない事、それが襲撃から長く間が空いていない証であった。

 空は転がる死屍の身形みなりからその男達が近隣に出没している山賊であることを察した。それと同時に男達の死体に残された創痕きずあとから男達の命を奪った者が鬼助であると察した。


鬼助きすけ…待っていろ、今行く」


 空は鬼助の元へ急いだ。

 鬼助は空が里に戻った時のため、予め痕跡を残していた。鬼助は空が自分の行き先を辿れるように白粉おしろいを地面に撒いていた。空はそれを辿った。


「お前ら…絶対に許さねえ!」


「がはははは!どう許さねえんだ?」


「ガキを殺されてもいいのか?」


 空が痕跡を辿るその先、山頂の里への入口の門がある反対側の山腹、そこで鬼助は五人の男達と対峙していた。

 鬼助が退治している男の内二人は大きな麻袋を肩に担ぎ、その麻袋は鬼助と男達の会話に反応するかの様に肩の上で揺れていた。


「このクソ山賊野郎!その前にお前らを皆殺しにしてやる!」


「がはははは!そうか、皆殺しか。良いだろう。出来るならやってみろ。だがな、現実はそう甘くはねえんだよ。もしお前が首尾よくここにいるガキ共を助けられたとしても、その代わりに先に連れていったガキ共が皆殺しなるぞ!俺が戻らなきゃそうする様に伝えてあるんだからな!それでも良いならやれ!連れていったガキ共全員がガキみたくなっても良いならやってみろ!それが嫌なら持っている物を捨てるんだ!」


「くっ!」


 鬼助は歯を喰い縛りながら自らを脅している男の足下に転がる麻袋を見た。転がるその麻袋は真っ赤に染まり、周りの地面も赤く染めていた。


「どうした?やんのか?やんねえのか?ぐずぐずしてると俺が戻られねえってんで先に連れてったガキ共が死ぬぞ?」


「クソ…」


「あぁん?なんだって?」


「このクソ野郎があああああっ!!!」


 鬼助は怒号を放ちながら手にしていた弓と背にしたえびらを投げ捨てた。鬼助が男の言葉に従ったのには理由があった。

 その理由は麻袋である。男達が担ぐ麻袋には其々それぞれ一人ずつ子供が入っていた。

 そして、鬼助が視線を送った赤い麻袋の中身もまた一人の子供だった。しかし、鬼助の視線の先に転がる麻袋の中身は既に子供ではなく、動かぬ肉塊となっていた。

 その麻袋の表面には刀で突き刺した様な穴が幾つも空いており、そこからは赤い液体が流れ出していた。

 転がる赤い麻袋の赤色は中に入れられていた子供の血の色だった。

 鬼助は目の前にいる男達が担いでいる麻袋の中にいる子供達、そして先に連れていかれた子供達の事を考えると男の言葉に逆うことが出来なかった。


「がはははは!何を云っても所詮は負け犬の遠吠えだな!おいお前ら先に行け。俺はこいつを殺してから行く。昨日の商人から奪い取ったこの刀を存分に試してやる。生意気なガキが…簡単に死ねると思うなよ?」


 男がそう云うと他の四人の男達は山を下っていった。


「さて、動くなよ?と云っても弓矢ぶきがなきゃ何も出来ねえだろうがな」


 男は他の四人の男達が見えなくなったのを確認してから鬼助に近づこうとした。

 その時だった。


「いぎゃあああああ!!!」


 鬼助とその男の耳に悲鳴が聴こえた。

 それは、ほんの少し前に見えなくなった四人の男達が進んだ方向から聴こえていた。


「なっ!?なんだ!?…げうっ!!」


 男が動揺の言葉を発した直後だった。

 悲鳴の聴こえた方向から一本の槍が飛来し、男を突き刺していた。それは見えなくなった男達の内の一人が持っていた槍だった。

 その槍は正確に男の左胸を、そこにあるであろう心臓を貫いていた。

 そして、一瞬の間をおいて鬼助は口を開いた。


「あ…あああ…あああああああ!!!」


 鬼助の口から放たれたのは慟哭にも似た叫び声だった。

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