第14話「風雲木」
死ぬ…避けられぬ死がそこにある…
しかし、信繁の直感は当たらなかった。
信繁が確実な死を目前に感じた次の瞬間、耳を
「なっ………!?」
「ぐう……流石に重い…
「く、くぅおらっ!
二人の動きが同時に止まった瞬間、透かさず
「あ…ち、父上?しかしこの者は……」
信繁は状況が掴めなかった。状況が掴めぬままだったが、目の前にいる甚五郎の身体から放たれる気配が変わったことを察して信繁は刀を引いた。
信繁が刀を引いたのを合図に甚五郎は口を開いた。
「
「た、戯れ!?そなたが何者かは知らぬが今のやり取りを戯れと!?」
信繁は甚五郎の言葉が
しかし、目の前の男、信繁よりも
「いや、すまない。今のやり取りを戯れというのにはやや
「そんなことはどうでもいいわ!悪ふざけが過ぎるぞ
言葉に詰まった甚五郎に対して昌幸が怒鳴り付けたが、当の甚五郎には昌幸の言葉が全く届いていない様子だった。甚五郎は次に出す言葉を模索しながら何度も首を
「父上…」
「…なんだ?」
「この
信繁はまだ少し興奮を抑えきれていない様子で昌幸に甚五郎の事を訊ねていた。
状況としては完全に勝っていた筈の自身の胸中に確かな死を感じさせた男の正体を信繁は気になっていた。
「この男は
「剣聖の直弟子!?まさかそんな…!!」
「
甚五郎は
「……父上、このお方はいつも?」
「ああ、いつもこうだ。機嫌が良いと他者など居ないかの様に自分の好きに物事を運んでしまう。こうなるとわしの話どころか誰の話も全く聞かん。唯一、
「
「雲か…そうだな、
この昌幸の言葉を甚五郎は何も云わずに聞いていた。人の一生の儚さを語る昌幸の言葉を甚五郎はただ黙って聞いていた。
「父上、私はそうは思いませぬ」
昌幸の言葉に対して信繁が異を唱えた。
「
「人とは即ち木です」
「木?
甚五郎は思わず会話に割って入っていた。信繁の云った言葉の真意が気になったのである。
それを受けた信繁は甚五郎のほうに向き、ゆっくりと口を開いた。
「
「ふむ。良い話だ。流石は
「…
「む…いや、すまない。腰を折ってしまったな。続きを聞かせてくれるかな?」
「はい。…人とは木。その木には必ず根があります。根が深ければ深いほど木は強く大きく成長し、中には数百年、数千年以上も成長し続けているものもあると聞きます。その大小は関係なく、木にとって、我々が目にしている天を目指して伸びる部分より、我々の眼には見えていない地の底深くに伸びる根こそが何よりも大切なものなのです。そして、これも人と同じことだと思います。人もまた表に見える部分ではなく、根幹にあるもの…心こそが大切だと私は思います。だからこそ人とは木なのだと私は考えています」
この信繁の言葉に対して甚五郎と昌幸は何も云わなかった。二人はただ聞いていた。
それから三人は共に酒を酌み交わした。酒を呑みながら三人は様々なことを語り合った。
人のこと、世の中のこと、戦のこと、武芸のこと、
まだ辺りが暗くなりきる前に語り始めた三人は、気がつけば辺りが明るくなるまで語り合っていた。
そして、慶長五年九月八日の朝を迎えた。
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