第13話「羅刹と武士」

「父上!会談中に失礼します!少々お話したき事があるのですが、入ってもよろしいでしょうか!」


 部屋の外から響いた活気を帯びた男の声により、甚五郎じんごろう昌幸まさゆきの二人を包む沈黙は破られた。


「む…誰も近付けるなと云っておいた筈だがな…やれやれ……まあ良い。入れ、源二郎げんじろう


「失礼致します!」


 声と共に農夫姿の男が入ってきた。男は左手に一振ひとふりの刀を持っていた。

 土の臭いを身に纏いながら刀を持ち、確かな武勇を感じさせるこの男こそ、真田さなだ源二郎げんじろうこと真田さなだ信繁のぶしげである。


「父上、ご報告が…むうっ!?」


「ぐおっ!?…源二郎げんじろう!?なんだ急に!?」


 襖を開けた直後、信繁は昌幸へ体当たりし、昌幸諸共もろともに部屋の奥へと跳んだ。


「父上!この者は一体!?くうっ!?」


 信繁は再び跳んだ。

 今度は手近にいた昌幸を右腕で抱える様にして部屋の外に届くほどの勢いで廊下側へと跳び、昌幸を自らの背面に隠す様にしてそこに立った。

 部屋の中央には甚五郎が座り、甚五郎の座る位置から畳三枚ほどの距離を置いて信繁が立っていた。


「ぐぬぅ……こ、こら源二郎げんじろう!落ち着かぬか!ぐおうっ!?」


 信繁は昌幸の制止の声を聞かず、昌幸を襖ごと廊下へと蹴り出した。蹴られた昌幸は信繁の左後ろへ大きく飛ばされた。


「親を蹴り飛ばすなどという御無礼を働き申し訳ありません父上!有事につき御容赦を!さあ早く!ここは私に任せて早くお逃げください!」


「ごほっ!うごほっ!ぐう…お、落ちつ…」


 信繁に蹴り飛ばされた昌幸は当たり所が悪かったのか、咳き込み、悶えていた。


「父上!この者は修羅です!いえ!修羅をも刹那に喰らう羅刹です!貴様!一体何のつもりだ!どうやってここに入った!」


 信繁は甚五郎を羅刹と呼び、左手に持っていた刀を抜いた。

 抜き身の刀を右手に持ち、半身に構えた信繁の姿はまさに武人そのものだった。


「ふふ、どうやって此処ここへ入った、か。そうだな…此処にある、の二つの足で自ら歩いて入った。それでは不満かな?源二郎げんじろうくん」


 信繁が来てから行われた一連の動きに対してかたくなに沈黙を貫いていた甚五郎が、嬉しそうに笑いながら立ち上がり、左手で足を叩きながら云った。


「ふざけるな!父上!早く行って下さい!ここにられては足手まといです!」


「いかんな、源二郎げんじろうくん。如何いかなる状況でも父親を足手まといなどと云うきではない。だが、足手纏いならば俺が取り払ってやろう…はあっ!」


 甚五郎は室内に飾ってあった昌幸の愛刀を手にすると、それを抜きながら昌幸へ向けて一直線に斬りかかった。

 次の瞬間、金属と金属による大きな衝突音が室内に響いた。


「ふっ、やるな源二郎げんじろうくん」


「くっ!ち、父上!早く!私が!…ぬおおおおおおお!!!」


 昌幸に斬りかかった甚五郎の剣を信繁が止めていた。そして、信繁はすぐに刀を両手に持ち直し、力任せに甚五郎を部屋の中央へと押し戻した。


「なるほど…これは凄まじい。君はごうけんの使い手の様だな。だが、君の豪剣で俺が斬れるかな?」


「貴様を斬ろうとは思わぬ!だが、父上が安全な場所に着くまでは私と付き合ってもらうぞ!覚悟!」


 そう云った信繁は、常に甚五郎を部屋の中央より手前へ来させない様、意図的に刃と刃をぶつけ合っては力任せに甚五郎の身体を弾いていた。

 周囲には刃と刃が激しくぶつかり合う音が繰り返し響いていた。


「むっ!?」


「勝機ッ!!!」


 甚五郎と信繁が十数回に渡って刃を交えた頃だった。

 信繁の豪剣に耐えられなくなったのか、甚五郎が手にしていた刀にほんの僅かな亀裂ひびが入った。

 その瞬間を信繁は逃さなかった。

 激しい斬合きりあいの最中にも関わらず、信繁は甚五郎の持つ刀に亀裂ひびが入った感触を確かに感じ取り、渾身の力を込めた両手持ちによる一撃を真っ向から甚五郎へ振り下ろした。

 その刹那、甚五郎の眼に修羅が宿り、信繁に身が凍りつく様な悪寒が走った。


 


 信繁は刹那の瞬間に確かな死を感じた。

 自らの振り下ろした一撃で相手の持つ刀は衝撃に耐えきれずに折れる。そして、そのまま目の前の男は縦一文字に斬れる。

 信繁はそう確信していた。

 しかし、武人として戦いの中で生きてきた信繁の直感がそれを認めていなかった。


『このままでは喰われる…その男から離れろ…近付くな…逃げろ…逃げなければ死ぬ…生きたければ逃げろ…』


 武人のがそう告げていた。

 修羅を宿した刹那の瞬間、甚五郎は信繁が云った羅刹となった。

 羅刹となった甚五郎に対し、信繁の本能は信繁自身に逃げを選択させようとした。

 だが、それは不可能だった。

 既に信繁は甚五郎に対して止められることのない渾身の一撃を放っていた。

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