第7話「荒くれ者」

早雪さゆきさんは私を豊臣とよとみ慶一郎けいいちろうと呼んだ…一体どこでそれを?それに、早雪さゆきさんの口にしていたとは誰だ?そもそも早雪さゆきさんと会話していた相手は……)


 慶一郎は早雪と見知らぬ人物の会話の内容を頭の中で何度も何度も繰り返し考察し、その意図を推し量ろうとしたが、昼過ぎになってもその答えは出なかった。

 午後になると、慶一郎は剣の鍛練のために竹藪へ入り、竹を斬った。天を衝く様に伸びた竹を一度ひとたび斬ると、斬られた竹は重力に引かれ倒れてきた。その竹を重力に引かれて倒れる前に直立したまま繰り返し斬る。それがこの日の慶一郎の鍛練だった。

 数本の竹を斬り終える頃には、慶一郎の足下にはてのひら程の大きさに輪切りにされた竹が無数に転がっていた。


「ふぅ…駄目だ。父上は全てが一定の長さになる様に斬っていた。だが、こうして私が斬った竹の長さにばらつきがある。ばらつきがあるのは振っている剣の流れに淀みがあるということ。まだまだ未熟だな、私は…」


 慶一郎の鍛練は夕方まで続いたが、夕方まで続けても竹を一定の長さに斬ることは出来なかった。

 竹藪を出た慶一郎は今日の鍛練を振り返りながら歩いていた。


(なぜ私の斬った竹の長さにはばらつきが生じるのだろうか?一つ一つの長短であれば父上よりも短く斬れている。つまり、速さならば私は父上を上回っているということだ。なのになぜ………待て…父上の一刀目は今の私と同じくらい速かった。しかし、二刀目以降は…そうか!そういうことか!?)


 慶一郎はあることを閃き、それを確かめんがためにきびすを返してもう一度竹を斬ろうと竹藪へと向かった。


「…私は急ぎの用事があるんだ。見逃してやるからさっさと立ち去れ」


 竹藪に向かう途中の慶一郎を八人の男達が囲んでいた。


「そうはいくか!この腕の恨みを忘れたとは云わせねえぞ!」


「あの時に斬られたこの腕がお前の首を獲れとうずくんだよ!」


「あちこち探し回ってやっと見つけたんだ!逃がすわけねえだろ!」


 先頭にいた三人の男が慶一郎に怒鳴るとその後ろにいる五人の男達も各々おのおのに怒鳴った。


(そうか…こいつらはあの時の三人か。せっかく拾った命をわざわざ捨てに来るとは三人揃って何を考えている?いや、この三人に限った話ではないか…人は何故、こうも死にたがるのだろう……)


 先頭にいた三人は九日前に慶一郎の懸賞金に目が眩んで慶一郎を襲い、三人共に腕を斬り落とされた荒くれ者だった。

 今回、三人は三人共に刀を手にしていて、三人が雇ったと思われる他の五人の男達も揃って刀を手にしていた。


「仕方ない…前回は匕首あいくちを持った者が一人居ただけだったから腕一本で済ませたが…今回は後ろの五人も含め、揃って武器えものを持っている。これは正当な命のやり取りであると…死合しあいであると考えてよいのだな?」


 慶一郎自身、騒ぎを起こしたくて起こしているのではなかったが、慶一郎が外へ出ると騒ぎになることが多かった。これもある意味では慶一郎の宿命と云えた。


「あたりめえだ!今度こそ確実にぶっ殺してやる!賞金は俺達のもんだ!」


 そう云った先頭の男の眼は慶一郎を見てはいたものの焦点が合っていなかった。それは他の二人も同じだった。


(この眼…腕の痛みを消すために阿片あへんにでも手を出したな?ならば尚更遠慮は要らないか…阿片中毒になる前に楽にしてやるのが情けというもの。…試してみるか)


 慶一郎は鍛練について閃いたことを先頭の三人で実行することにした。それはまさしく修行の成果を実戦で示す行為であった。

 ゆったりとした動きで慶一郎が刀を抜くと、それを合図にした様に荒くれ者達が襲い掛かった。

 一番最初に襲い掛かって来た先頭の男は素人丸出しの動きで慶一郎に対して上段から刀を降り下ろしたが、慶一郎はそれをかわし、手首の辺りから腕を斬り落とした。そして、慶一郎は流れるようにして男の上半身を四度斬った。

 男の上半身は四つに分かれ、その内の三つ、上下を共に慶一郎が斬った部分は、まるで計測はかったかの様にされていた。


(この感覚…!!)


 慶一郎は何かを掴んだ。

 そして、二人目、三人目を一人目と同じように斬った。切断された部分が同じ長さになるように斬った。この二人に対しては四度といわず何度も繰り返し斬った。

 九日前に慶一郎を襲い、慶一郎に情けをかけられた三人は、再び慶一郎を襲い、ことごとく死んだ。


(再び私の前に現れることをしなければ死ななかったものを……)


 慶一郎は三人の死屍しかばねを他の五人に見せつけるように死屍の前に立った。その凛とした立ち姿とは裏腹に、慶一郎にはまだ僅かに修羅が宿っていた。

 人を斬る刹那、慶一郎は修羅となる。

 その修羅となった刹那の残り香が、慶一郎の立ち姿に修羅を匂わせていた。


「失せろ…お前達もこうなりたくなかったら二度と私の前へ現れるな」


 成す術もなく一瞬にして切断された三人の荒くれ者を見た五人の男達は、声を、涙を、鼻水を、便を、ありとあらゆる体液を漏らしながら這うようにしてその場から消えた。

 所詮は金で雇われた破落戸ごろつき、雇い主である三人の男が死んだとあれば敵討ちをしようとは思わない。それも、あっという間に三人の男を斬り捨ててしまうような強者もののふ相手に立ち向かう筈がなかった。


(退いてくれたか…)


 五人の男達がいなくなったことを確認した慶一郎は、荒くれ者達の髪の毛を少しずつ切ると懐紙かいしに包んでふところへ仕舞った。


「許せとは云わない。死合とはこういうものだからな。だがせめて、この髪は見晴らしの良い丘の上にでも埋めてやろう…」


 自らの手で殺した人間の髪の毛や骨など身体からだの一部を持ち帰り、見晴らしの良い丘に埋める。人を殺す度に必ずおこなっているというわけではなかったが、それが可能な状況であればそれを行う。

 これは慶一郎の作法だった。

 これは慶一郎が自らの手で殺した相手にしてやれるせめてもの弔いだった。


死人しびとは何も語らず、何も望まない。だからこそ生人きびとが死人にしてやれることをする』


 これは慶一郎の父、甚五郎の言葉であった。


「………帰るか」


 この日、慶一郎は早雪の提案に従うかたちでもう一泊することになっていた。

 早雪の家へと向かう道中、慶一郎は自らの剣への確かな手応えを感じつつ、小さな心配事を抱えていた。


(血の臭い、どうするかな…早雪さゆきさんも女なのだから臭いには敏感だろう…)


 血飛沫ちしぶきを浴びたわけではないが、慶一郎の身体からだには血の臭いが染み付いていた。

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