第4話「賞金首」
慶長十九年四月十八日。
「あの、お武家様…」
小さな茶屋の軒先で茶を呑んでいた
「私は武士ではありません」
穏やかな口調で慶一郎が云った。
「へえへえ、これは失礼致しました。その様に立派な
頭を掻きながら愛想笑いを浮かべた男の額にはうっすらと汗が滲んでいた。それは明らかに慶一郎に対して緊張感を抱いた故の汗だった。
店主は二日前に慶一郎が武芸者達と
(この態度…そういうことか……)
慶一郎は店主の態度で全てを悟った。人目を避けて
(この辺りからも早々に立ち去らなくてはならないか…あるいは、あの頃の様に山奥に隠れて暮らすことが私の生きる道なのか……)
あの頃とは、慶一郎が父と共に山奥に隠れ住んでいた頃のことである。
「すまない。邪魔したな」
そう云うと、慶一郎はその場に茶代を置いて立ち上がった。武士や武芸者に見つかる前にこの店から出ていってくれという店主の気持ちを悟った故の行動だった。
店主の口から直接そう云われる前に、自ら店を去ろうとしたのは慶一郎の気遣いであった。
「申し訳ございません。せめてこれをお持ちくだされ」
店主は頭を下げながら慶一郎に小さく折り畳んだ一枚の紙を差し出した。断ろうとしたが店主はそれを許さず、慶一郎は半ば無理矢理に持たされるかたちでそれを受け取った。
「
茶屋の店主は心の底から慶一郎の身を案じていた。それは、慶一郎が手渡された紙を見ても明らかなものであった。
立花慶一郎
此ノ者ヲ討チ果タセシ者
褒美トシテ金二百両ヲ受ケ渡シ候
慶長十九年四月十七日公布
店主が渡した紙は慶一郎の
その触状には慶一郎に似た人物の人相書きがあった。それは、慶一郎が何年もの間、自らに振り掛かる火の粉を払い続けた結果だった。
「私も遂にお尋ね者か…」
慶一郎は思わず呟いていた。
この触状により、慶一郎を狙う者はさらに増えることは明らかだったが、慶一郎はその事実よりも店主がこの触状を渡してくれたこと、その行為の裏に秘められた店主の心遣いが嬉しかった。自らが狙われていることを知っているか否か、それもまた生死を分ける要因であると慶一郎は知っていた。
それ故に、この触状の存在をいち早く知ることが出来たことは慶一郎にとっては生を得るための近道と言えた。
(店主、お気遣い感謝します……む!)
触状を手にした慶一郎の前に三人の男が立ちはだかった。男達は
「おい、これお前だよな?」
「おめえにゃ恨みはねえが二百両のためだ」
「俺たちを恨むなよ?恨むなら懸賞金をつけられることになったてめえ自身を恨みな」
男達は懸賞金に目が眩んだ荒くれ者だった。
(こいつら、この刀が見えていないのか?)
三人の内一人は
「…何も聞かなかったことにしてやる。さっさと失せろ」
この慶一郎の言葉は逆効果だった。荒くれ者達は慶一郎に襲い掛かり、次の瞬間には皆が慶一郎に斬られていた。
「いでぇ!いでえよお…」
「ひいいいいい!腕が…腕がああああ!」
「うぎぎぎぎぎぎ…」
「すまないが、運が悪かったと思え。急いで止血をし、医者へ掛かれば死ぬことはない。
懸賞金に目が眩み、慶一郎を襲った荒くれ者達は三人共に腕を切り落とされ、阿鼻叫喚することになった。
(これからはこの者達のように、殺される覚悟もなく相手を殺めようとする輩も私を狙うということか…)
慶一郎の瞳は自らの行く末を見据えられずにいた。
立花慶一郎は人生に迷っていた。
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