第3話「母」
「
「確信はありませんが、あるいはほんの少しだけ…」
慶一郎はそこまで云って黙った。推論を述べたところで的外れであれば単なる空論に過ぎぬと知っていたからだった。
空論を自信満々に語ることが如何に愚かな行為であるかを慶一郎は知っていた。しかし、甚五郎の眼が推論で構わぬから語れと云っていると感じた慶一郎は、少し間を置いてから口を開いた。
「父上から学んだこの剣術は、武でありながら
慶一郎は想いの
「…まあ、そんなところだ。水の流れ。風の流れ。時の流れ。
「
「ふっ、そんな大それたものではない。神通力などは
「それは…」
「どうした?」
慶一郎は甚五郎との立合の
「…確かに父がどう動くかを感じた様な気はしますが、それは私が父の癖や太刀筋を知っているからではないですか?」
「
「私にそれが出来るのでしょうか?」
「さてな…今のところはさっきの感覚を研ぎ澄ませる事だ。
かつての自分自身を思い返すかの様に語る甚五郎の瞳は悲しみが溢れていた。その瞳は剣術と共に生きる者の悲しみとこの世の儚さを語っている様だった。
「父上、それだけでは済まないとはどういうことでしょうか?」
慶一郎は甚五郎の瞳に宿る悲しみを感じ取っていた。その悲しみの
「………
茶を呑み終えた甚五郎が不意に口を開いた。
(父上?)
慶一郎は甚五郎が自らを慶と呼んだことに驚き、返事を忘れていた。
「返事はどうした?
甚五郎は再び慶と呼んだ。
「は、はい!」
甚五郎の只ならぬ気配を感じ取り、慶一郎は緊張を隠せなかった。
ほんの少しの沈黙を挟んだ
「率直に云う。
突然の告白だった。
慶一郎は自身の耳を疑った。頭を疑った。
さらには、甚五郎の口を疑い、その口から出た言葉を冗談だと思いたかった。しかし、甚五郎の雰囲気からしてそれが冗談ではないとすぐにわかった。わかったからこそ慶一郎は言葉が出なかった。
「
返事も出来ない慶一郎の心情を感じながらも甚五郎は話を続けた。
「お前の
慶一郎の実父は豊臣秀吉だと云った甚五郎は、甚五郎にとっての妻であり慶一郎の母である千代について語り始めた。
豊臣秀吉という名に驚いた慶一郎は、未だにたった一言の言葉すら出なかった。
「お前の母である
「母の真の名は…
母親の真の名を聞かされた慶一郎は声を漏らしていた。
「ああ、
甚五郎は慶一郎に母親である千代と慶一郎の出生、そしてそれに関わる全てのことについてを語った。
その内容は慶一郎にとって余りにも衝撃的な内容であった。
千代は双子であり、双子は武家にとって凶兆であるされていたためにどちらか一方を殺さなくてはならなかったが、千代の父である
「そんな……そんなことが…では父上は…そうです!私の目の前にいる父上は!?
慶一郎は自らの出生を知り、信じれないながらもそれを受け入れた。そして、目の前にいる父、甚五郎自身について率直に訊いた。
「
「私の父は
甚五郎は嬉しかった。
血の繋がりはなくとも慶一郎と真の親子となることが出来ていた。それが堪らなく嬉しかった。
「そうか…俺はお前の父なのだな……」
「無論です!父上こそが私の父上でございます!だからこそ、父上自身のお話をお聞かせ願います!」
慶一郎は全てを受け入れる覚悟だった。
「ならば話そう。俺は
甚五郎は
「
「ああ。俺の昔の名は
甚五郎の昔の名は千利久だった。
次々と明らかにされた事実に慶一郎は驚きを隠せなかったが、慶一郎はそれら全てを真っ直ぐに受け止め、事実を事実のままに受け入れた。
慶一郎の実父は豊臣秀吉であり、慶一郎の母は立花誾千代であった。そして、立花誾千代は双子であり、慶一郎の育ての父は千利休の隠し子であった。
この時、立花慶一郎は十二歳。
慶長十五年の初秋の出来事だった―――
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