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 ひとしきり笑って満足すると、わたしはちゃんと研究書に目を通し始める。

 それにしても、師匠が伝説の魔法使い、か。まあ、確かにそう言われてもおかしくないだけの実力はあると思う。


 わたしはシーバイズから出たことがなかったから、師匠が他国からどういう風に見られているのか詳しくは知らないけど、たくさんいた兄弟姉妹弟子の中には国外からわざわざやってきた人が少なくなかったし、明らかに上級階級の人に会いに行く装いの師匠を何度か見たことがある。

 というか、そもそも、いくら来る者拒まず去る者追わず、というスタンスでいるとはいえ、かなりの数の弟子がいる時点でお察しである。


 それに、彼はいつだってたくさんの魔法を開発していた。

 そう考えると、少なくともそれなりに有名で、片田舎な国の無名な魔法使い、と言うには無理がある。


 ……師匠、どうしてシーバイズなんかにいるんだろう。元々、魔法大国の隣国、ルパルイからやってきたけど、出身自体はまた別の国だ、という話を聞いたことがある。ルパルイは勿論、師匠の生まれた国、エディスだって、シーバイズなんかより魔法がしっかりしている。

 わざわざシーバイズに来て、とどまる理由がないように思えるんだけど……。


 そんなことを考えながら、わたしは渡された研究書の解読を試みる。


 ……これ、寝不足で乱雑に書いているんじゃなくて、わざと雑に書いたのかな。なんとなく、そんな気がする。


「えっと、……流石にこのレベルになると、完璧に読める兄弟子姉弟子じゃないと読めなくて、全部は分からないだけど……」


 わたしはあえて前置きをし、『間違っているかも』ということを強調する。なんとなくどういう魔法、というのは分かるが、要所を読み違えていれば、全く違うものになる可能性もあるので。

 それとも、師匠がこんな魔法を作り出した、なんて、信じたくないだけかもしれない。


「――多分、これ、呪いを広める魔法だと思う」


 わたしがそう言うと、イエリオが、「えっ」と小さく声を漏らした。まさか、そんなヤバいものだとは思わなかったらしい。

 基本的に、魔法は自由に習得できるし、使うことが出来る。もちろん、魔法を使って犯罪等を起こせば、罰せられるので、良識を持って使わないといけない。


 ただ、送電〈サンナール〉のように、分かりやすく悪用出来てしまう魔法は、覚えるのにも使うのにも免許がいるし、ものによっては、特定の職業に就いている間だけ使用が許可されるようなものもある。


 でも、それはあくまで、世間一般に認知されている魔法に限るわけで。


 自分で開発して、誰にも報告しない、という状況なら――こうして、どれだけヤバい魔法でも、自分の力としてこっそり持つことが出来る。

 もちろん、魔法の開発なんて、そう簡単に出来ることじゃないけど。


 でも、あの師匠なら――ない話じゃない、と思う。あの人、本当になんでも出来るから。

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