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 イエリオが真剣に話すので、笑ってはいけないと思いつつも、話しぶりが真剣であるほどツボにハマってしまって、こらえきれなくなった笑いが、口から少しこぼれる。

 しかし、わたしが変に笑ったことにイエリオは不快感を表すでもなく、むしろ、きらきらと目を輝かせ、期待に満ちた視線を送ってくる。


「もしかして、心当たりが?」


 わたしはきょろきょろと辺りを見回して、近くに誰もいないことを確認して、そっとイエリオに耳打ちした。


「わたしの、魔法の師匠だった人です」


 そう言うと、彼は興奮したように、「すば……っ!」と、何か言おうとして、盛大に咳払いをする。余りにも大きい咳払いだったので、職員の数人がこちらを見たが、すぐに仕事へ戻っていた。


「ていうか……師匠の研究書、前にも見せてもらいましたよね。ほら、わたしが肋骨折って、退院したあとに……」


「えっ!? あ、ああ……確かに言われてみればそんなことを……。えっ、ちょっと確認してきます!」


 そう言ってイエリオは席を外し、ばたばたと、どこかへ行ってしまった。

 しろまるを作る過程で非常にお世話になったあの研究書は、用が済んだらしっかり返していたのだ。多分、それを探しに言っているのだろう。

 出されたお茶を飲みながら、イエリオを待っていると、結構早めに戻ってくる。


「あの、これ、ですよね……?」


 わたしはカップを置き、代わりにイエリオから紙を受け取る。うん、師匠の研究書のコピーだ。少し汚れていて、まぎれもなく、ディンベル邸へ取り戻しに行ったのと同じもの。


「そう、これこれ。えーっと多分この辺に……、あっ、これだ。この部分、署名だよ。キリスって」


 わたしは研究書の最後の方にあった、師匠の署名を指さす。それを見たイエリオは。今日渡された師匠の研究書と、以前からあった方の研究書を見比べ始めた。

 そして一言。


「こ、これ、本当に同じ人が、同じ言語で書いたんですか?」


 信じられない、と言いたげなイエリオの様子に、わたしの腹筋は崩壊した。笑いが堪えられなかった。


 師匠の字、汚い上に癖があって、その日の体調にも左右されるからな……。わたしがしろまるを産むのに使った方の研究書は比較的元気に書いたからまだ読みやすいが。今日渡された方は、研究が煮詰まって寝不足の状態で書いたのか、より一層ぐちゃぐちゃである。

 兄弟姉妹弟子の中でも、わたしは師匠の文字を読める方だった。師匠の文字を完璧に読めるのは一番弟子の兄弟子と、野生児の姉弟子だけだ。


 でも、流石に新しい言語だと思われている上に複数の言語だと思われている、というのは想像付かなくて、我慢もできず、大笑いしてしまった。

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