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 実際に、言語理解〈インスティーング〉の下位互換の魔法を作っているし、どんな文献にも載っていないような魔法を使っている師匠を、ちらほらと見たことがある。まあ、後者に関しては、わたしが覚える資格を取っていないだけかもしれないが。


「時間をかければ、なんとなく、ざっくりとした内容だけじゃなくて、九割くらいは解読できると思うけど……やる?」


 わたしはイエリオに聞く。

 正直、呪いを広める方法なんて、そのまま闇に葬って閉まった方がいいと思うんだけど。人が死ぬ可能性だって、十分にある。というか、魔法の呪いって、不特定多数を殺すのに長けてるんだよな。個人を殺害する呪いもあるけれど、広範囲に影響を及ぼすものが多い様に思う。

 そんなもの、現代に復活させる必要はないだろう。


「個人的には気になりますが……あ、いえ、知的好奇心に従っているだけで、知るのが目的です。誰かを呪いたいとか、そういうことではありません。ですが……ううん、かといって、勝手になかったことには出来ない立場なので」


 そう言って、イエリオは、何とも言えない返事をした。

 確かに、イエリオは、そこそこ研究所で自由にやっているように思うけど、上から言われたことには逆らえない立場なんだろう。本当に好き勝手出来るなら、ディンベル邸の調査が中止になったところで、落ち込まないで強行して調査をしていそうなものだ。


「一度、上に確認しますね。文献の保管や記録は大事なことですが、私たちの一番の目的は、それを現代に生かすことですから」


 その行動理念が一番に来ているのであれば、呪いなんてあまり調査されないだろう。

 二度と同じことを繰り返さない、という意味で知るのは大事なことだが、知ってしまうことで同じことを起こせるようになってしまう場合は、また少し違うのではないだろうか。


 わたしは、一度イエリオに書類を返そうとして――。


「――っ」


 ほんの一瞬、息を詰まらせた。


 イエリオはわたしがびっくりしたのに、気が付いたけれど、何が起こったのかは分からない様子で、「紙で手を切りましたか? 大丈夫ですか?」と聞いてくる。


「う、ううん! なんでもないよ!」


 不思議そうにしながらも、書類を上司の元へ持っていくイエリオの後ろ姿を見る。


「はぁ」


 わたしは、イエリオがいなくなったのを確認すると、思わず溜息を吐いた。


 ……指先が触れただけで、びっくりして反応してしまうとか、意識しすぎなんじゃないだろうか。向こうは全然気が付いてないし。


 我ながら子供過ぎるな、と思いながら、わたしはつい、指先をいじってしまった。

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