第六部

再出発

 朝起きて、目を覚ますと見慣れない光景に、しばらくわたしは、ぼーっとしてしまった。

 フィジャの家でも、イエリオの家でも、ウィルフの家でも、イナリの家でもない。わたしたちの家の――わたしの部屋。


 ごろり、と寝返りをしても、まだベッドの端が遠い。今はわたし一人で使っているけれど、新しいベッドはダブルベッドなのだ。いつか、このベッドを、わたし以外の人とも使うのかも、と思うと、なんだか朝から落ち着かない。わたしは、ベッドから起き上がって、クローゼットを開けて、今日切る服を取り出す。


 わたしの部屋だけでなく、皆の部屋のベッドが、それぞれダブルである。フィジャが、「イエリオとイナリは絶対部屋散らかすから分けて!」と強く要望したので、全員に個室がある。そのおかげで、全員がダブルベッドという、生々しい状況になってしまったのだ。

 いつか、わたしが彼らの部屋に泊まることも、逆に、わたしの部屋に、彼らの誰かが泊まることもあるのだろう。


 いざ家が出来て、まだ家具が完全に揃ってはいないものの、住み始めてしまうと、妙に実感のようなものがわいてくる。

 でも、それがわたしには丁度良かった。


 今まで、ずっと皆を待たせてきたのだ。もう、ここまで来たら、逃げ場がないくらいがいい。

 逃げ場がない、っていうのは少し、言い方が悪いかもしれない。

 わたしだって、皆に――。


「……はぁ」


 わたしは緩く首を振った。

 皆に、なんて言ったらいいのか分からないのだ。


 ここまで来たら――それこそ、わたしが皆のことが好きって言って、前世みたいに浮気もの! と言われないことは流石に分かる。……言われないと、信じている。

 でも、わたしは複数交際の正解を知らないから、こうなのかな、って思って行動して、「え?」って反応をされるのが怖いのだ。


 一緒に過ごすなら、傷つけないで生きていくなんて無理だと分かっている。でも、できることなら、傷つけたくはない。


 ――いや、自分が傷つくのが怖いだけか。


 最近はずっとこんなことばかり考えている。どうすれば、皆におかしく思われないで、自分の想いを伝えることが出来るんだろう、って。


「……うーん、暗い」


 着替え終わって、鏡を見ると、落ち込んだように暗い表情をしている自分がいた。悩みはしているけれど、そんなに暗くなるほどではないと、自分では思っているんだけど……。


 わたしは口角をきゅっと持ち上げて、笑顔をつくる。考えごとをしていると、どうにも難しい顔になってしまって駄目だ。

 折角皆と一緒に暮らせるようになったのだ。それはそれ、これはこれ、ということで、新生活を楽しみたい。


「よしっ」


 わたしは一息吐くと、朝ごはんを食べにリビングへと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る