???

-1000

 ――××!


 誰かに呼ばれたような気がして、ふと目を覚ましたけれど、部屋には自分以外に誰もいなかった。当然、と言えば、当然だが。ここの家には自由に出入りしてもいいが、ぼくの部屋には立ち入るなときつく言ってあるから。

 机に向かって作業していたら、いつの間にか寝ていたらしい。肩周りが特に、バキバキと音がなった。


「……少し、外の空気でも吸うか」


 ぼくは立ち上がって、ふらふらと、部屋を出る。廊下を歩くと、どこからともなく、キャンキャンと、犬のような鳴き声が聞こえてくる。あれは犬じゃなくて……名前、なんだったっけ。興味がないからどうにも覚えられない。新しく作ったのが、『イヌ』という名前になったのは知っているが、元の素材がなんて呼ばれているのか忘れてしまった。

 これだけうるさいとなると、今、あの男が研究室に来ているのかも。まあ、どうでもいいや。


 階段を上り、地下から地上――一階へと出ると、外は夜だった。苔や木々が淡く発光している。ぼくはもう見慣れてしまったけれど、『あの子』は幻想的だと、喜びそうなものだ。


 ぼくは玄関から外へ出ようとして、ドアノブに手をかける。――パリッと軽く、静電気のようなものを感じる。もう無視出来るレベルではあるけれど、ぼくをここに閉じ込める為の魔法は、一応解けていないらしい。

 チクチクとした痛みにも似た、軽い抵抗を受けながらも、ぼくは外に出る。


 少し森の方に行こうとして、さっきとは比べ物にならないくらいの抵抗を受ける。――というか、足先がバチっと消えた。


「――まだ、直接だとこの辺までしか出られない、か。……治療〈ソワンクラル〉」


 パッと軽く足先を治療する。ああ、靴も直しておかないと……。面倒だ、とぼくは溜息を一つ吐いた。

 まだあまり、出られる範囲は広がっていない。まあ、家から、どころか、部屋から出られるようになったのにも、かなり時間がかかったものだから、仕方ないと言えば仕方ないが。


 しかたなく、ぼくは庭先に行先を変更する。少し歩けば、一本の木へとたどり着く。――うん、今日も元気そうだ。

 ぼくはその木の幹を軽く撫でた。


 『あの子』の為の、祝い木の練習台。本当は、祝い木は夫婦で植えるものだけど、何も知らないなんて格好が付かないから、と、こっそり、一人で育てていた木。今ではすっかり大きくなって――こんな広い、森にまでなってしまった。ここまで凄いことになるなんて、流石のぼくでも知らなかった。


 木の葉をつつくと、淡い光が少し弾けた。


 ――早く、『あの子』に会いたいな。もう一度、だけでもいいから。


 そんな奇跡を願いながら、叶わないことを、ぼくは知っている。奇跡と奇跡はかち会わない。『ぼくの奇跡』は早い者勝ちなのだ。

 そう言う風に、作ったから。


 でも、何事も、大抵は進化するものだ。このぼくが、過去のぼくを超えられないわけがない。

 奇跡が起こせないなら、呪ってなかったことにすればいい。奇跡が終われば、また新しく奇跡を起こせる。そうやって、希望を繋いでいけばいい。


 ここまで――千年も待ったのだ。今更、ほんの少し待てないわけがない。


「君がいつものように諦めてくれれば、話は早かったんだけどな――マレーゼ」


 ぼくの言葉は、きっと彼女に届いていない。


 ――今は、まだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る