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それから二日。イナリの傷は、よくなったのかならなかったのか、分からないまま、わたしはおとなしくイナリに花を選んで貰っていた。
あれでもない、これでもない、と、たくさん買い込んできた花をわたしにあてがうイナリを見て、心配ないのかも、と本気で思い始める。ここまできたら、わたしに出来るのは、安静にしていたら? と声をかけることではなく、イナリが好きにしやすいように、なるべく素直に話を聞くだけである。
しばらく、されるがままになっていると、ようやくイナリが手を止めた。
「――うん、綺麗」
満足そうにほほ笑むイナリ。こういうときだけは、素直にまっすぐわたしを見て、褒めるようなことを言うのだから、なんて反応したらいいのか分からなくなる。
本人的には、上手にコーディネート出来た、という、笑いなんだろうけど、どうにも勘違いしてしまいそうになる。
顔を覆って隠したいけど、派手に動いたら、今、イナリが折角飾ってくれた生花がぽろっと落ちてしまいそうで、どうにも出来ない。持ち上げた手の行き場がない……。
「――これは流石に皆から怒られる、かなあ」
そう言うイナリが手に持っていたのは、青と緑のグラデーションが綺麗なリボンだった。まだ飾るのか。
「まだ髪いじるの?」
つい聞けば、「これは……髪用じゃないよ」と、少し口ごもった様子でイナリが答える。確かに髪はもう、ほとんど完成しているし……。今から服に縫いつける、ってことはないだろう、流石に。
「どこ用なの?」
「――ここ」
イナリは、軽くわたしの首をつついた。首に巻く、ってこと? まあ、確かにそのくらいの長さはありそうだ。
「やらないの?」
さっきまで散々わたしの髪や服を好き勝手いじっていたのに、今更なにをためらっているのか。
そう思って、聞いてみれば、みるみるイナリの顔が、分かりやすく真っ赤になった。
「……意味、分かってないでしょ」
「意味? リボンを首に巻くだけ――……」
わたしは自分の首元に触れながら呟いて、ふと、気が付く。
首――首輪。
それは、獣人にとって、すごく、重要なこと……なんじゃなかったっけ。人間で言う、結婚指輪に相当する、っていう……。
ようやくそのことに思い当って、イナリを見れば、「ようやく分かったの」とでも言いたげな顔をしていた。
「つ、付けないと、デザイン的に、駄目ってこと、なんだよね?」
「――……ううん、これは、僕が君につけたいだけ」
イナリがとんでもない発言をした。わたしが、首にものを付ける意味を理解したうえでそう言うってことは――。
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